しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

小説

流れ降る星の雨音 〜燐〜 Prologue

これがもう一つの時間が流れ始めた瞬間だった。 あまりにも一瞬の出来事で、本当に何が起きたのかわからなかったんだ。気がつくと僕の両腕に彼女の体重がずしりとのしかかっていて、徐々に痛みさえ伴ってくる。いや、彼女の身体が重いとかそんなことはなくて…

セピア色の傘立て 008『虹色ゴシップ』

春の大型連休も終わり、坂道だらけのこの街にも若葉の香る空気が流れ込むようになった。瑞々しい五月の風が落ち込み気味だった私を勇気づけてくれる。そんな心地がある。正直、今年の桜の匂いは鬱陶しいほどに苦手だったから、ようやく季節が春らしく思えて…

エーデルシュティメ 012『ヒトであるお兄ちゃんとAIであるボク』

「お兄ちゃんお腹空いた〜。ご飯ちょうだい!」 「…………」 無言。さっきからボクのことを全く相手にしてくれない。 まるでボクのこと見てはいけない幽霊か何かと勘違いしてるよう。確かにそれに近い何かではあるけど、でもボクを見たところで命も魂も抜かれる…

セピア色の傘立て 007『姉と弟と過去と未来』

夜空はまだ厚い雲に覆われているけど、ところどころ雲の隙間から星が煌いている。 芸能事務所『カスポル』の建物の三階は居住区になっていて、両親と私、そして隼斗がここに暮らしている。もちろん私と隼斗の部屋は別々で、だけど私が隼斗の部屋に無断で侵入…

エーデルシュティメ 011『現実世界に棲むAIの葛藤』

「なぁ。お前は何者なんだ? なんで俺の妹の名前を……」 「ボクにだってわからないことを、お兄ちゃんに答えられるわけないじゃん」 寮へ戻ると、ボクたちを待ち構えていた風のお兄ちゃんに間もなく捕まってしまう。もっとも呼び止められたのは美少年系美少女…

セピア色の傘立て 006『自分を嫌いな彼女がアイドルになる資格』

外へ出ると、冷たさの元凶でもあった雨の音はすっかり止んでいた。 あいつがアイドルデビューするという件は、緑川が『やりたくない』と拒絶したことにより、一旦保留が決定する。すると星乃宮楓と名乗っていた彼女は、忽然と姿を消してしまった。まるで幽霊…

エーデルシュティメ 010『AIが生み出す幸せと不幸』

そそくさと帰ってしまったお兄ちゃんの顔は、やはり機嫌を損ねたままのように見えた。 だけどボクだってこの状況を理解できてないんだ。ボクの正体を問われたところで、そんなの返せるわけがない。わかっていることは、お兄ちゃんが生を受けたのと同時に、ボ…

セピア色の傘立て 005『アイドルとして求められるもの』

「先方とも話はついてるって、わたし何も聞いてないのですけど?」 碧ちゃんの話であるのに、一番驚いていたのは碧ちゃん自身だった。確かに碧ちゃんの口からアイドルの話などイチミリも出てきてなかったわけだから、本当に初耳だったのかもしれない。「うち…

エーデルシュティメ 009『壊れたAIの笑顔の行方』

ここは、とある高層ビルの最上階。狭い廊下に設置された窓からは、紅い夕日が眩しく差し込んでいた。久しぶりにビルの影に囲まれた都心の街へやってくると、圧倒的な世界の広さというものを思い知らされる。 ……あ、ボクが以前いつ東京にやってきたのかって話…

セピア色の傘立て 004『混沌のコーヒーカップ』

「隼斗は私がアイドルになることを後押しするんだ。随分と変わり身が早いのね?」 「別にそうは言ってない」 もやもやする。ずっとこれの繰り返し。何が言いたいのかさっぱりわからない。「さっきからそう言ってるじゃない! この話に関係のない碧ちゃんまで…

セピア色の傘立て 003『雨にまみれた嘘』

『私も役者を辞める。だけど芸能界は辞めない。私はアイドルになるよ』 愕然。言葉で表現するなら、恐らくこれに近いだろう。 矛盾。だってそうだろ。ストーカー被害に遭ってたくせに、どうしてアイドルなんかになるんだって。 憤慨。だが誰に対して怒ってい…

セピア色の傘立て 002『セピア色の傘立て』

彼が飛び出していった玄関には、夕方から降り続く雨の音と、一本の傘が残されていた。 今頃彼はずぶ濡れで、坂道の多いこの小さな街を彷徨っていることだろう。 なぜこんなことになってしまったのだろう。 事件があったあの日から、彼と私の時計はくるくる狂…

セピア色の傘立て 001『雨上がりの桜の夢』

昨夜は静かな雨だった。雨の雫がこびりつき、ピンク色の花弁は僅かに光り輝いていた。 同時に雫の重みのせいで、儚く散るその日も少し早まってしまったかもしれない。 ……いや、そんなの愚問だ。所詮は生まれた時から決められた運命でしかないのだから。 薄水…

エーデルシュティメ 008『紅い夕日と碧海の顔』

> prev: 007 江ノ島と対峙した西浜と呼ばれる小さな海岸。夏には多くの海水浴客が集うこの場所も、今は至って静かな場所だ。近くも遠そうにも見える江ノ島の灯台には、その隣を紅い夕日が沈みかけていた。 そんな風景の片隅に、ぼんやり一人の少女が立ち竦め…

エーデルシュティメ 007『雲の上に煌めく星の光』

> prev: 006「へぇ〜。あの漫画、ついにアニメ化されるんだ」 「うん。だけどこれまだ非公開情報だから他の人へ言っちゃダメだよ?」 弁天橋から海を渡り、お土産売り場が並ぶ賑やかな参道を過ぎると、いよいよ本格的な階段登りになる。体力に自信のない人間…

エーデルシュティメ 006『水族館に三人でダブルデートと呼べる事情』

> prev: 005 今日一番の目的地は、江ノ島の対岸にある水族館だ。俺らは館内を散策した後、水族館の終点となる売店に辿り着く。にしても気づけば上杉は俺から微妙な距離を取りつづけているし、今日の江ノ島探索の目的が親睦交流だとしたならば、本当に成功と…

エーデルシュティメ 005『嘘と江ノ島』

> prev: 004 緑色の古めかしい電車はどこか懐かしい音を立てながら、江ノ島駅へと辿り着いた。 学生寮の最寄り駅からは十分ほど。『江ノ島』と冠した駅名のくせに、実際に島へ辿り着くには歩いてさらに十五分ほどかかる。これだと何も知らない無邪気な子供た…

エーデルシュティメ 004『小さな来訪者と偽りの世界』

> prev: 003 幸いなことに、わたしがシャワーを浴び終わるまで、脱衣所の内鍵はずっとかかったままだった。透と大樹くんはリビングにいて、ネットで調べごとをしていたから当然のこと。恐らくわたしの裸には一切興味なかったのだろう。二人は互いに画面と向…

エーデルシュティメ 003『学ラン男子の誤解と学ラン女子の青い思い出』

> prev: 002「だ、だからごめんって。てかなんで風呂場の内鍵をかけておかなかったんだよ」 「かけたもん! ちゃんと鍵かけてたはずなのに、なんで勝手に開けるのよ!!」 男子寮二号館、八九七号室。運悪く唯一の男子住民である大樹くんは、共同生活初日か…

エーデルシュティメ 002『洗面所の扉と内鍵の意味』

> prev: 001「でもまだご飯もできてないし、お風呂も先約がいるからどっちもダメなんだけどね〜」 「いや、そうじゃなくて!」 「ん〜? ひょっとして君、こういうの好きじゃないの? もう少し乗ってきてもらうと助かるんだけど」 「てゆか何をやってみたか…

エーデルシュティメ 001『桜の花弁と男子寮の中の女子生徒』

春の光輝く風を乗って、桜の花弁がふわりと校門の前へと舞い降りた。 入学式は今からちょうど一時間後。窓から外を覗くと、あどけない顔立ちでそわそわした素振りを見せる女子高生たちが、校門前に広がるピンク色の絨毯を歩いている。頼りなくも見える小さな…