エーデルシュティメ
「お兄ちゃんお腹空いた〜。ご飯ちょうだい!」 「…………」 無言。さっきからボクのことを全く相手にしてくれない。 まるでボクのこと見てはいけない幽霊か何かと勘違いしてるよう。確かにそれに近い何かではあるけど、でもボクを見たところで命も魂も抜かれる…
「なぁ。お前は何者なんだ? なんで俺の妹の名前を……」 「ボクにだってわからないことを、お兄ちゃんに答えられるわけないじゃん」 寮へ戻ると、ボクたちを待ち構えていた風のお兄ちゃんに間もなく捕まってしまう。もっとも呼び止められたのは美少年系美少女…
そそくさと帰ってしまったお兄ちゃんの顔は、やはり機嫌を損ねたままのように見えた。 だけどボクだってこの状況を理解できてないんだ。ボクの正体を問われたところで、そんなの返せるわけがない。わかっていることは、お兄ちゃんが生を受けたのと同時に、ボ…
ここは、とある高層ビルの最上階。狭い廊下に設置された窓からは、紅い夕日が眩しく差し込んでいた。久しぶりにビルの影に囲まれた都心の街へやってくると、圧倒的な世界の広さというものを思い知らされる。 ……あ、ボクが以前いつ東京にやってきたのかって話…
江ノ島と対峙した西浜と呼ばれる小さな海岸。夏には多くの海水浴客が集うこの場所も、今は至って静かな場所だ。近くも遠そうにも見える江ノ島の灯台には、その隣を紅い夕日が沈みかけていた。 そんな風景の片隅に、ぼんやり一人の少女が立ち竦めている。白い…
「へぇ〜。あの漫画、ついにアニメ化されるんだ」 「うん。だけどこれまだ非公開情報だから他の人へ言っちゃダメだよ?」 弁天橋から海を渡り、お土産売り場が並ぶ賑やかな参道を過ぎると、いよいよ本格的な階段登りになる。体力に自信のない人間の方々はす…
今日一番の目的地は、江ノ島の対岸にある水族館だ。俺らは館内を散策した後、水族館の終点となる売店に辿り着く。にしても気づけば上杉は俺から微妙な距離を取りつづけているし、今日の江ノ島探索の目的が親睦交流だとしたならば、本当に成功と呼べるのか、…
緑色の古めかしい電車はどこか懐かしい音を立てながら、江ノ島駅へと辿り着いた。 学生寮の最寄り駅からは十分ほど。『江ノ島』と冠した駅名のくせに、実際に島へ辿り着くには歩いてさらに十五分ほどかかる。これだと何も知らない無邪気な子供たちには、『嘘…
幸いなことに、わたしがシャワーを浴び終わるまで、脱衣所の内鍵はずっとかかったままだった。透と大樹くんはリビングにいて、ネットで調べごとをしていたから当然のこと。恐らくわたしの裸には一切興味なかったのだろう。二人は互いに画面と向き合ったまま…
「だ、だからごめんって。てかなんで風呂場の内鍵をかけておかなかったんだよ」 「かけたもん! ちゃんと鍵かけてたはずなのに、なんで勝手に開けるのよ!!」 男子寮二号館、八九七号室。運悪く唯一の男子住民である大樹くんは、共同生活初日から覗きの嫌疑…
「でもまだご飯もできてないし、お風呂も先約がいるからどっちもダメなんだけどね〜」 「いや、そうじゃなくて!」 「ん〜? ひょっとして君、こういうの好きじゃないの? もう少し乗ってきてもらうと助かるんだけど」 「てゆか何をやってみたかったんだよ!…
春の光輝く風を乗って、桜の花弁がふわりと校門の前へと舞い降りた。 入学式は今からちょうど一時間後。窓から外を覗くと、あどけない顔立ちでそわそわした素振りを見せる女子高生たちが、校門前に広がるピンク色の絨毯を歩いている。頼りなくも見える小さな…