しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

エーデルシュティメ 011『現実世界に棲むAIの葛藤』

「なぁ。お前は何者なんだ? なんで俺の妹の名前を……」
「ボクにだってわからないことを、お兄ちゃんに答えられるわけないじゃん」

 寮へ戻ると、ボクたちを待ち構えていた風のお兄ちゃんに間もなく捕まってしまう。もっとも呼び止められたのは美少年系美少女として校内でも名高い透ちゃんの方じゃなくて、ボクだけだったみたいだけどね。もう少しお兄ちゃんも同世代の女子に関心持った方がいいと思うんだけど、どうかな?

「そんなの答えになってるのかよ? お前はもしかして……」
「お兄ちゃんの言いたいことは大体想像つくけど、だから言ってるじゃん。これはボクにだってわからないんだよ。それよりお兄ちゃん。いつも胸につけてたペンダントを最近見ないけど、あれどうしたの?」

 その質問がボクからお兄ちゃんへの答え。高校に入ってしばらくして、あのペンダントを見なくなった。

「あれは…………もう何かが、いないと思ったから」

 お兄ちゃんのその答えもきっと正解で、その言葉に全てが詰まっているのだとボクも思う。互いの答えが一致したことを確認すると、お兄ちゃんはそそくさと逃げるように去ってしまった。少し顔を赤らめていたように見えたのは、ボクの思い過ごしかも知れないけど。

「言われてみると、最近確かにあのペンダントをつけてる様子はないですわね」
「ペンダント……?」

 だけど透ちゃんだけは相変わらずで、お兄ちゃんの変化に気づいてもなかったようだ。まぁお兄ちゃんがペンダントを身につけなくなったのは高校へ入って間もない頃のことだし、その頃の透ちゃんは全然余裕がなかっただろうから。

「ちょっとおねえ様! あのイケメン君を本気で狙ってるのでしたら、もう少しちゃんと寄り添わないとダメですよ!!」

「だからそういう話は今日はどうでもよくて……」
「どうでもいいことなんてありゃしません! おねえ様がそんな態度だからいつになっても何も進展しないんじゃないですか!!」
「ごめん。やっぱし今日は貴女を追い出してもいいかな……?」

 そんなことは当然透ちゃんも自覚している。透ちゃんが本気でお兄ちゃんを狙っているのかはさておき、同じ年の異性として自分の近くにいる存在、その人の役に立てるのなら精一杯力になりたいと思える存在。だって、それが透ちゃんの初めてなんだろうからね。

 ……ところで突然現れたこの人、誰だったっけ?


「そこのカメレオンはペンダントのこと知ってたみたいわね? あなた、本当に何者なの?」
「透ちゃんこの人しつこいよ。ボクだって知りたいことを何度聞いてくるのかな?」

 きゅーんと甘えた鳴き声を添えて、透ちゃんへ愚痴ってみる。およそ難しそうな本に囲まれたここは透ちゃんの部屋。透ちゃんはベッドの上に腰掛けると、ボクを膝の上へと誘い頭をなでなでしてくれるんだ。この小娘は知らないだろうけど、ご主人様の特等席は温かくて快適なんだから。

「小珠。あまりカメレオン君を虐めちゃダメだよ?」
「ですけどおねえ様……」

 ちなみに小珠と呼ばれたこの小娘は、透ちゃんが実家で暮らしていた頃のお抱え使用人だったらしい。そういえば透ちゃんってこの地域じゃ有名なご家庭のお姫様なんだよね。どこか浮世離れしてるのはきっとそのせいなのだろう。
 小珠は透ちゃんが実家を出ると使用人としてのお仕事を解雇され、今じゃ普通の女子高生として自由気ままな一人暮らしを送ってるそうだ。そもそも解雇と言ってもそれは小珠本人が望んだものであって、大好きな透ちゃんと同じ学校に通い、ボクのお兄ちゃんともクラスメイトしてたりする。出席番号さえもらえないボクより自由な高校生活をエンジョイしてるわけだから、少し納得は行かないんだけどね。

「でもねカメレオン君。いつかはちゃんと話してくれると嬉しいんだけどな」
「別に隠してるわけじゃあ……」

 ううん。ボクは大嘘つきだ。今は透ちゃんに創られたAIとして暮らしているけど、本当はもっと前からこの世界にいたわけだから。ただ、形として存在していたわけではないということ。

「それよりおねえ様。今日あたしをここへ呼んだ理由は何だったのでしょう?」
「ああ、うん。実は、その……」

 でもどっちかというと虐められてるのはボクじゃなくて透ちゃんの方だ。こうやって聞くまでもない理由をあえて本人に聞こうというのだから、この小娘も相当に意地が悪いよね。

「おねえ様。素直に『僕の愛しのダーリンについて詳しく教えてほしい』と仰ったらどうです?」
「だからそういうんじゃなくって!!!」

 ほんと、むしろそういうのじゃなければどういうのだって言うのだろう?

「でも僕と深澤くんは同じ中学出身と言っても、ほとんど接点も会話したこともなかったし、僕に至っては深澤くんに男子と間違えられてたくらいだし……」
「そりゃ学ラン姿のおねえ様はいかにもな美男子でしたし、女子から絶大な人気を誇ってましたしね」
「ちょっと待って。それ僕初耳なんだけど!??」

 残念ながらその話はボクも知ってる。学校中の女子たちから聞こえてくるひそひそとした会話は、およそお兄ちゃんか透ちゃんのどっちが女子から人気があるかみたいな話ばかりだった。お兄ちゃんは気にも留めてなかったみたいだけど、透ちゃんにとっては災難と呼ぶ他ないよね。

「いやだから僕のことじゃなくて……。ほら、小珠は中学の頃も深澤くんともクラスメイトだったし、そしたら彼の境遇とか、家族のこととか……」
「ふぅ……。困りましたわね、おねえ様と来たら。きっとそういうところじゃないのでしょうか?」
「どういうこと???」
「おねえ様の境遇を考えれば致し方ないのかもしれませんが、もう少し自分にも興味を持ってみたらどうです? 相手を知る前に、まずは自分を知ることが大切かもしれません」
「それって……」

 どこかいけ好かない小珠の態度はやはり好きになれないけど、ただボクとは同じ感想を持つ人のようだ。

「人を好きになるって、そういうことじゃないでしょうか?」
「……え?」

 ……ん? 何かいろいろ話が混ざりすぎてない??

「そうですよ! こんな薄汚いぬいぐるみだかAIとばかり会話しててもおねえ様は何も変われないのです。もっとリアルな殿方と親密な関係を築いてください。そのためにはおねえ様自身と向き合う必要があるのですよ」
「でもカメレオン君は多少は薄汚くて生意気なところもあるけど……」

 透ちゃんまでボクのことそういう認識なの!??

「いいですか。おねえ様が愛されていらっしゃるAIというものには、人を好きになるという感情そのものがないのです。そんな相手とはまともに恋することも叶いません。おねえ様が自分の鏡のようなAIを丹精込めて作り上げたとしても、それは紛れもなくAIでしかないのです!」
「そうかもしれないけど……」
「ですけど、おねえ様とイケメン君は違うのですよ。ちゃんと人を好きになることもできますし、男女の仲になればあんなこともこんなこともできるのです!」

 あんなことやこんなことってなんだよ。これ以上透ちゃんに変なこと吹き込まないで!

「おねえ様が本気で恋をしたいのなら、そういったリアルな現実をもう少し観察してみたらどうです?」
「……う、うん」

 この小娘の言うことは正論だ。ボクだってそりゃ透ちゃんには幸せになってもらいたいし、お兄ちゃんとそういう感じの関係になるのなら、ボクは止める気はしないよ。むしろボクの命の恩人にはちゃんと幸せになってもらいたいしね。

 だから、だから…………ね。

 ……あーあ。なんだか何もかもが嫌になってきちゃった。