女子高生アイドルユニット『虹色ゴシップ』のデビューライブまで、あと一ヶ月ほどと迫った六月の中旬。雨ばかりで、すっきりしない毎日が続いている。何がこんなにモヤっとした気持ちを造り出しているのだろう。あらゆることが起こりすぎてるせいで、曖昧な毎日だけが刻々と過ぎてしまう。
「なぁ。最近の月香って……」
「…………」
場所は事務所三階にあるレッスン室で、かれこれ一時間以上踊り続けている。あたしは少しだけ休憩を取ろうと隅にあった椅子に腰掛けると、その瞬間を彼は見逃してくれなかった。
「…………」
「なによ。あたしに聞きたいことがあるならはっきり聞けばいいでしょ?」
彼の名前は上郷理月。月香と同じく中学からの同級生で、今もクラスメートだ。彼がここにいる理由も月香と同じで、『虹色ゴシップ』専属プロモーション補佐係であるため。ようはただのバイトだけど。
少し前まで月香は上郷君の部屋に寝泊まりしてたらしい。あの異世界転生事故が起きた瞬間、黒峰洋花は津山月香と名前を変え、自分の生徒手帳に書かれていた住所は上郷君の家に書き換わっていたのだとか。そんなご都合主義、この世のどこに存在してくれてるのだろうと本気で思ったくらいだ。
「あいつ、月夜野のことを困らせてたりはしないか?」
「…………」
そう聞かれたところでどう答えればよいのか、あたしにもよくわからない。
勝手にあたしの部屋の居候になり、原因はこの彼との痴話喧嘩。いい加減仲直りしてくれと思わないことないけど、だからといって別れた男の部屋に強制的に連れ戻すのもどこかおかしな結論に思えた。もっとも月家から話を聞いてる限り、ただすれ違っただけで互いに嫌いになったという話でもなさそうだけど。
「正直、僕は月香にどう謝ればいいのかまだわからないから」
「だからといって言葉を交わさなければ何も変わらないわよ?」
「わかってる……けど……」
月香の話も混ぜ合わせると、互いにまだわだかまりがあって、その力は上郷君の方が強く感じられる。そもそも月香は転生前からマイペースで、他人のことを気にする素振りはこれまで常になかった。そんな彼女が上郷君と喧嘩できるようになっただけでも、実は信じられない話なのかもしれない。
それにしても自分のことを棚上げして、よく他人のことを言えたものだ。喧嘩できる関係は、喧嘩できない関係よりよほど健全で、なぜなら互いの言葉をぶつけ合えるのだから。
相手をいかに殺めるか? 言葉なくそんなことばかり考えている、あたしと兄の関係に比べたらね。
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