月が変わって七月となり、『虹色ゴシップ』デビューライブまで後一週間と迫ってきた。
七夕ライブとも称されたそのライブ会場は、千人ほど入るらしい。最初聞いたときは無名のアイドルグループのデビューライブで千人とか何言ってるんだろう?とは思った。が、声優でそこそこ売れだしている緑川さんがいて、且つ『テセラムーン』として活動しているあたしの知名度も勘案すると、それくらいは見込んで当然と社長に諭されてしまう。実際社長の予測通りにチケットは売れたらしく、ちょうど一週間前であった昨日には全てのチケットが完売したのだとか。まぢか。
疲れた。夏の夜とはいえ、夜風はやはりひんやりしている。昼間の暑さに比べたらとは思うけど。
本番間近ということもあり、ダンスと歌と、調整にも余念がない。女子高生三人って決してグループとしては多い方ではないから、誰かが遅れると必然的にそれが目立ってしまうのだ。だけど陽川さんも緑川さんも小さい頃から子役をやってる、自分を魅せるという点ではプロ中のプロ。あたしは足を引っ張らないようにするので精一杯といったところ。
人前で強がってるだけのあたしは、全然強くない人間なのだ。
自宅マンションの前に辿り着くと思わずはぁっと息が漏れる。
理由は疲れたからではなく、見覚えのある黒い車がそこに停まっていたから。目立ち過ぎるにも程がある。
「お帰りなさい。楓嬢さん」
「…………」
今日のあたしは「嬢さん」付けだ。これは「嬢さん」で一つの単語なのか、それとも「嬢」と「さん」の間に単語の区切りがあるのだろうか。
「そんな露骨に嫌な顔を僕に向けないでください。せっかく食事に誘おうと……」
「これから? 冗談じゃないわよ。あたしの冷蔵庫には今日の食材がちゃんとあるの!」
月香が元の家とやらに戻ってしまってから、食材がやや余り気味なのだ。
「なるほど。では僕にご馳走を作ってくれるのですね」
「は?」
というかなんで作ってもらうこと前提?
「こんなところで話し込むのも目立ちますし、早く中に入りましょう!」
「っ…………」
すると目の前の黒い車は無言のまますーっと走り去ってしまう。彼をここに置き去りにして。こいつと中にいた運転手との阿吽の呼吸は完全にばっちり決まっていた。
だけどこいつの言うとおり、このままここで立ち話していたら間違えなく目立つ。あたしは思わず舌打ちをして、こいつをあたしの自宅の中へ入れることにした。
別に普段から掃除を怠ってるつもりはないから大丈夫と思うけど。こいつを寝室にさえ入れなければね。