神様なんて、一体どこにいるというのだろう。
街の人は俯き、皆一同にじっとスマホを眺めてる。インターネットとかいう世界中の誰かと繋がって、顔も見えない相手と会話したり、話をしたり。だけど誰かってそもそも誰だ? 顔はなくても、文字を送れば文字が返ってくるし、声をかければ声が返ってくる。なるほど。確かに神様なんて曖昧なものより、ずっと現実的なものかもしれない。
神様なんて存在しているのかさえ不確かだ。お賽銭を投げても、何を祈っても、返事など返ってきたことない。所詮は偶像、もしくはまやかしか。そもそも得体のしれない相手に救いを求めるなんて、おかしな話だもんな。
俺は、神様とかいう会ったことさえないやつに、どこか振り回され過ぎてる気がする。
妹の美来には『お兄さまは神童なのですから絶対下を向いてはダメです』などと言われ。
知らねぇよそんなの。単に俺の生まれた場所が神社だったというだけ。
それだけのことじゃないか。

「どうした? また考え事か?」
数少ない友人、友成が机に顔を伏していた俺に話しかけてきた。
「別に。そんな大したこと考えてねぇよ」
「でもそんな顔してたらまたミクちゃんに『お兄さま元気出してください』とか注意されるぞ?」
「今のそれ、ひょっとして美来の真似か?」
「あんな可愛い妹に言い寄られるとか羨ましくて当然だろ! 俺にも妹を分けてくれ!!」
「無茶言うな。俺に妹は美来一人しかいねぇよ」
友成は中学の頃から学校が一緒で、中学では美来とも何度か話したことがある。というか美来のやつ『氏神さんちのおひい様』とかいう名前で御町内でもそれなりの有名人なんだよな。我が妹ながら大したもんだ。
ちなみに美来というのは、父親が再婚した際に義理の母が連れてきた娘だ。父は母と離婚して、美来の母は前の夫と死別しての再婚。ただそれは俺が小学校に通う前の話で、それくらい昔の話。つまり美来は俺の義妹ではあるけど、美来が実の妹と何が違うのか、ちゃんと答えられる自信はない。
「ま、それはそうと、今度の遠足の班はひとまず俺とお前と晃の三人でいいよな?」
「ああいいよ。それで別に」
「ついでにお前が班長な」
「……ああ、わかった。それでいいよ」
わざわざ拒否する気力さえない。班長なんて適当なところで点呼取って、せいぜい仕事はそんなもんだろ。別に自分にプラスになることもマイナスになることもない。だから、どうでもいい。
打算なんてそんなのはどこにもない。ただ流されるだけ。
そうすれば誰も傷つく人なんていないはずだから。
……そのはずだったんだけどな。
遠足というのは三月初め頃に行く鎌倉遠足のこと。うちの学校では高校二年になると修学旅行へ行くのだが、そこでは班行動主体の工程となる。鎌倉遠足は修学旅行の予行演習のようなものを兼ねてるらしくて、穏便に班行動ができるよう、こんな唐突な中途半端な時期に学校行事として組まれているらしい。ただ別に班行動なんて中学の頃もやってるし、正直今更な感も拭えない。とはいえ一時的にでも教室の堅苦しい授業から離れ、鎌倉で遊べると考えれば悪い話ではないと考える生徒が大半のようだ。
俺らの班は、とりあえず俺と友成、そして今日は学校を休んでいる晃と組むことになった。これで班全体の半分は完成。他の全ての班がそういうというわけではないが、まずは男子三人ずつ、女子三人ずつでグループをつくり、そこからどのグループ同士がくっつくかみたいなことが行われる。つまり班全体の人数は男子三人、女子三人と決まっているのだ。
「で、女子のグループはどこと一緒になるつもりだ?」
「と言っても俺らって、結局余り物扱いのグループだろ?」
他の班はある程度男女仲のいいグループ同士で集まる。例えば部活で一緒とか。ちなみに今回一番最初に決まったのは男子の吹奏楽部員のいる班だった。ようは男子と女子でそれぞれに吹奏楽部員がいるケースで、考えるまでもなく速攻で決まったのだろう。
「それは隆史、お前が女子から必要以上に距離を取ってるからだろ」
「友成だってそうだろ。俺のこと言えた義理か?」
「俺には彼女がいる」
「……そうかそうか。それはおめでとうございます」
「何だその冷たい反応は。彼女持ちの男子が彼女以外の女子と距離を取るなんて当たり前の話だろ?」
「お前それ、聞く人からしたらただの自慢にしか聞こえないからな」
「それはすまなかった。自慢して申し訳ない」
「…………」
ふと溜息が漏れる。友成はかっかっかっと容赦のない笑みが顔から溢れ出ていたが、俺は黙って聞くだけ。特に過剰の反応を示す必要さえない。確かあいつの話では、友成の彼女はあいつと同じクラスで自分の友人だとも言ってたな。違うクラスに彼女がいるってのは、同じクラスの女子とは仲良くしづらいのかもしれない。相手に変な誤解を与えてはいけないだろうし、それが普通なのかもしれないけど。
「そういうお前だって、雨田とはいつも仲良さそうに喧嘩してるじゃないか」
「なんでよりによってその名前が出てくるんだ!?」
雨田唯菜。俺と同じくクラスの風紀委員。あいつとの会話の中にもよく出てくる名前。
「なんでって、隆史と雨田のやりとりみてたらそういう関係にしか見えないぞ?」
「そういう関係って……」
どういう関係だ? 生真面目過ぎるあいつはどう考えても俺とは相性が合わない。何かとあるとすぐ俺に噛み付いてくるし、こっちが面倒になってさらっと返そうとすると余計に噛み付いてくる。
「昨日も合唱コンクールの練習で夫婦喧嘩してたばかりじゃないか」
「いつどこで誰と誰が夫婦になって何について喧嘩したんだ?」
「お前が練習サボってるやつを注意しなけりゃ雨田の性格からして怒るのも無理はないだろ。仮にも隆史は風紀委員の副委員長様なわけだし」
「それは元はと言えば俺がじゃんけんで負けたことが原因なんだけどな!?」
「でも今のお前は副委員長どころかクラス内の風紀委員の仕事さえサボってる」
「…………」
「そこで雨田だ。やる気のない隆史にびしっと言える存在。今のお前にはそういう奴が必要だと思わないか?」
「絶対に思わねーよ!!」
そもそも友成は俺と雨田がどうなることを望んでいるのだろう。
副委員長の件だって俺は完全に望まぬ形でそうなった。あれは高校入学してすぐの一学期の頃の話だ。三年生の風紀委員長がバスケ部の練習試合で大怪我をして、長期入院したことに起因する。二年生だった副委員長が委員長代理となり、一年生の方は風紀委員内のじゃんけんで負けた俺が副委員長代理となった。
問題だったのはその後だ。実は委員長代理があまりに頼りない存在であることが後から判明し、本来風紀委員長が行うべき仕事のほとんどを俺一人が背負う形になったのだ。
「隆史が委員長代理してた頃は、学校中がお前の活躍ぶりに目を見張ってたじゃないか」
「副委員長代理だな! そこ絶対間違えてはいけないやつ!!」
「それがどうしてこうなった? あの時の覇気は今は完全に鳴りを潜めてる」
「どうしたもこうしたも、あの頃は他に頼れる人がいなかっただけ。今は三年生の先輩も戻ってきてるし」
やがて二学期、風紀委員も世代交代をする。俺が正式に副委員長になったのも必然だったらしい。とはいえ委員長だった三年生の先輩も退院して戻ってきているし、受験勉強の傍ら風紀委員の仕事も可能な範囲でサポートしてくれている。今は俺がそこまで出しゃばる必要もない。
「それに春になれば二年に進級してクラスも変わるし、俺が新しいクラスで風紀委員にならなければ永遠に委員長なんてならずに済むだろうって」
「大丈夫だ安心しろ。周りが絶対にそうはさせないだろうからな」
「…………」
冗談じゃない。そもそも目立つことは大嫌いだ。第一俺はそんな周囲が期待するような人間でないことを自分が一番よく知ってる。
「俺としてはミクちゃんが言うところの『神童の神業』とやらをもう一度拝んでみたいのだがな」
「そんなの、幻想だよ……」
美来も美来だ。あいつは俺に何を期待しているというのだろう。あいつは俺と俺の母親との過去と関係も、ちゃんと見てきて理解しているはずなのに。
「だから隆史には、お前をパートナーとしてしっかり支えてくれるやつが必要ってことだ」
ふっ。その通りだな。本当にその通りだ。
……そのはずなのに、どうしてこうもうまく行かないことだらけなのだろう。
「あ、長谷くん見〜っけ。ユイナちゃーん、長谷くんここにいたよー」
「おう、広岡か。俺も広岡をちょうど探そうとしてたとこだ」
突然甲高い声に名前を呼ばれ、友成が広岡と呼ぶその女子と自ずと視線が合う。どうやら俺のことを探してたらしいのだが、その理由は偶然か必然か、友成のそれとも完全一致してたらしい。広岡は雨田とクラスで最も仲の良い女子だ。俺も何となくその理由とやらに気づいてしまった。
「じゃあ甲斐くん、うちらと一緒の班ってことでいいよね?」
「それで構わないぞ。ちなみに班長は隆史に任せることにした」
「それでオッケー。これで長谷くんと同じ班になれるね、ユイナちゃん」
「…………」

当然のように広岡の背後には、剣幕な視線を広岡と俺の両方にぶつけてくる雨田の姿があった。完全に友成と広岡の示し合わせに乗っかることになったわけだが、互いに反対する理由が思いつかなったのが運の尽きというやつか。
ていうか友成。さっき『彼女以外の女子とは距離を取って当たり前』みたいに話してたのは嘘だったということでいいんだよな?
もっとも既に彼女が確定している男子というやつは、他の女子から見れば安全安心の男子ってやつで、距離の必要なんてないといえばその通りなんだけど。