しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

流れ降る星の雨音 〜燐〜 002『月と太陽と星の光』

 翌朝から、僕はその彼女を連れて、一緒に学校へ登校することになった。
 彼女と言っても特に付き合ってるわけではないし、どちらかというと家と学校が同じだから別々に登校する理由がないという話だ。正直、僕は満面に咲き誇ってる花と一緒に歩いてるような気がして、やや気恥ずかしい。ちなみに彼女は家を出る際、最後までつば付きの紺色の帽子を被るべきか悩んでいたみたいだけど、結局それは家に置いていったようだ。確かにない方が似合ってるし、それはいいのだけど。

 学校に着くと、彼女は事務手続きを済ましてくると一人で職員室へ向かい、僕はいつもどおり教室へ向かった。というか、そもそも初めて来る学校の職員室なんて彼女は場所がわかるのだろうか? もっともそれに気づいたのは別れた後だったので、まぁいいかと再び教室ヘ向かったわけだけど。

「なぁ。隼斗に折り入って相談があるんだけど……」
「なんだよ急に」

 むしろ彼女のいない隙にと、僕は中学からの同級生である月島隼斗に声をかけた。

「前に話してたバイトって、今も募集してたりしないか?」
「バイトはしないつもりじゃなかったのか?」
「いや、しないつもりだったんだけど、急にする用事ができちゃって」
「え、なになに? リッキー、バイト始めるの?」

 が、いない隙どころか、彼女はとっとと職員室の用事を済ませ、既にこの教室にいたりして。

「理月。こいつ、誰だ?」
「ああ、昨日からうちで預かってる月香って言う女子。なんと今日からクラスメイトらしい」

 隼斗は少し考え込んでいた。まぁ突然こんな調子の女子がクラスメイトと言われたところで、そうなる気持ちもわからなくもない。

「は!? 月香!?? ヒロカ。これはどういうことかちゃんと説明して!!」

 そこへ唐突に現れ、声を荒らげたのはやはり同じクラスの女子だった。名前は確か、星乃宮楓だっけ?

「えっ? ……あ〜、ていうか正直私もよくわかってないから、説明のしようがないんだけどなぁ〜」

 月香は星乃宮の大声にも大して驚きもせずそう返すけど、そもそもヒロカってどこの誰だよ!?


「それよりリッキー。バイトってどういうこと? 私とデートする時間つくるのがそんなに嫌なの?」
「母さんが言ってただろ。月香の分の食費も考えなきゃとか」

 なんか一瞬デートとか単語が聞こえた気もしたけど、一旦無視。星乃宮の疑問についてもそのままでいいのかとも思ったが、そちらもそちらで月香が無視を決め込んでるようだ。

「あー、その話か。ほんと泣きたいくらいにお金ないもんねぇ〜。お金って、なければないで不便だね」
「まるで過去には余るほどお金を持ってたみたいな言い草だな?」
「余るどころかこれ以上いらないくらいにはあったはずなんだけどなぁ〜」

 冗談なのか本気なのか、彼女は改めて自分の財布の中身を確認し始めた。が、結果はやはりともいうべき、とほほと呟きながら完全に項垂れている。

「つまり貴女は月香だって、そう言い張るつもりね?」

 なお星乃宮の方は、僕らの話に一切興味がないらしい。それはそれで構わないしむしろそうしてほしい。

「だからさっきからそう言ってるじゃん。私はリッキーの彼女の月香だって」
「誰もそんなことは言ってないし勝手に僕を巻き込むな!」

 むしろ問題は月香の態度の方だ。昨日会ったばかりのはずの僕の性格を常に見抜いてるかのようで、とんとんと話を合わせてきては、僕の頭の歯車を狂わせてくる。それについてもやはり星乃宮は納得がいかないらしく、なぜかいつ僕が星乃宮に怒鳴られてもおかしくないようにも思えた。いかにも不満だらけの顔で、いやいやそれについて僕は完全に無罪のはずだが。

「え〜っと、あなた、名前なんだっけ? きっとあなたは誰かと人違いしてるんじゃないかな?」
「つまりあたしの名前は知らなくて、上郷くんのあだ名は知ってるってこと?」
「もちろんっ! だってリッキーは私の彼氏だもん!!」

 月香が突然そう大きな声で宣言するものだから、今度はホームルーム前の教室中の視線が一気に僕の方へ襲いかかってきた。もちろん多くは男子連中からの冷たい視線だ。その前に勘違いしないでほしいのだけど、僕は彼女の食費を工面する必要が発生してバイト探し中という事実があり、どう考えても僕の方が被害者だと思うのだけど、どうだろう?

「彼氏って、そっちの彼は貴女の存在に疎ましくしてるようにしか見えないのだけど?」
「そんなことないよね? リッキーと私は昨晩永遠を誓い合うって約束したばかりだし」
「誰もそんな約束をした記憶はない!」
「そんな照れるほどの話でもないでしょ」

 誰も照れてない。むしろ冷たい視線が集まるこの状況は、星乃宮の言う通り疎ましいって方が正解だ。

「それにもし貴女が……。ううん。ただ舞い上がってるだけにしか見えない貴女が、男の子と付き合うことなんて本当にできるのかしら? あたしにはちぐはぐすぎて、いつになっても噛み合わない二人の未来しか見えないわよ」

 鋭い。僕もそう思う。だけど星乃宮はそんな言葉と裏腹に、どこか甘えた視線を月香に送っていた。まるで全てを吸い込んでしまいそうなその瞳は、そのまま何かを隠蔽してしまいそうなそれに近かった。

「そんなのやってみなくちゃわからないじゃん。だって私はいつも太陽に照らされてる月香だよ?」

 太陽……? 唐突に出てきたその物体に僕は思わず躊躇する。得体のしれない何かに納得し、同時にどこかむず痒く思えたからだ。すぐに言葉にできないけど、彼女の真っ白な存在を打ち消そうとしている。

 月は夜空にぼんやり輝いている。満月をキャンバスに描いてみたところで黄色い真ん丸にしかならないだろうけど、それが本当に丸く見えた試しなんて、僕のこれまでの人生の中でどれほどあっただろうか。

「ふふっ。言い得て妙ね。月香なんて、どこかぱっとしない貴女にぴったしの名前じゃないかしら?」
「ちょっと! 誰がぱっとしないって言うのよ!?」
「まぁいいわ。貴女がそう言うなら、それならそれで」

 静かな笑みを浮かべた顔を、星乃宮は自ら隠すように後ろへ一歩下がった。見失ってしまった星の数を数えるかのように、どこか虚ろな瞳を浮かべながら。

 月とか太陽とか星とか、全ては輝いて見える。でも夜空の中で本当に自ら光っていられるのは……。

「なぁ。さっきのバイトの話だけど」
「ああそう、それ。本気で結構深刻なんだよ……」

 月香と星乃宮のやり取りの影に隠れてしまい、すっかり忘れ去られそうになってしまっていたその話題。忘れちゃ当然だめなんだけど、いつの間にかそれどころじゃないような話のような気がしていた。

「瞳さんに理月を紹介してやってもいいぞ。多分仕事は山のようにあるだろうから」
「助かる!! これで月香の食費も……」

 隼斗が住んでる家は芸能事務所をやっていて、瞳さんというのはその事務所の社長さんのこと。厳密には瞳さんは隼斗の実の母親ではない。事情があって幼い頃から瞳さんの家でお世話になってるらしいけど、そこまで僕も詳しい話を知るわけではない。

「ただし条件がある。そっちの月香ってやつも、うちの事務所で一緒に働くって条件でどうだ?」
「「はぁ!??」」

 ところがこんな驚きの声を上げたのは僕だけでなく、すぐ真後ろに下がっていた星乃宮もほぼ同時だった。まるで餌に飢えた金魚の目のようなぽかんとした瞳を浮かべ、いやさすがにその表現は星乃宮に失礼か。

「え、なになに? ひょっとしてあっち系の事務所?? なにそれすっごく楽しそうじゃん!」

 この嫌な予感しかない妙な胸騒ぎについてはいざ知らず、月香は異様なほど目を輝かせていたりして。
 てゆかあっち系の事務所って、どっちのことを言ってるんだ?