江ノ島と対峙した西浜と呼ばれる小さな海岸。夏には多くの海水浴客が集うこの場所も、今は至って静かな場所だ。近くも遠そうにも見える江ノ島の灯台には、その隣を紅い夕日が沈みかけていた。
そんな風景の片隅に、ぼんやり一人の少女が立ち竦めている。白い砂浜に思い通りの絵を描けないまま、行き来する波の音だけをただ眺めているようだ。
「あいつ、本当に研究熱心だよな」
無謀にもそんな女の子に何気ない声をかけたのは、お兄ちゃんだ。
「ほんとだね。せっかく江ノ島に来たんだから、少しは勉強から離れたらいいのに」
「ああ。さっきまでアニメの話をしてたかと思えば、スイッチが入るとすぐあれだもんな」
お兄ちゃんが『あいつ』と呼んだ視線の先には、海の音をポータブルマイクで集音している透ちゃんの姿があった。自分の声と波の音を同時に録音して、その反響音を収録してるんだってさ。ボクにはそれがどういう目的があるのか一ミリも理解できないけど、そんな地道な研究成果物の一つがボクの声ってわけだから、少しは感謝はしておかなきゃだね。
「ところでお前は元気なさそうだけど、大丈夫か?」
「え……?」
「いや、あいつのペットも最近緑川が元気なさそうとか言ってたらしいから」
「わたしがどうとかより、たかがペットの話を鵜呑みにしてもいいことないと思うよ?」
たかがペットで何が悪い。ボクのことすぐ除け者扱いするから碧海ちゃんは大嫌いなんだ。
今だって薄汚い笑みをお兄ちゃんへ投げかけている。どこか弱々しそうで、すぐに嘘だとわかるそれ。てかボクのお兄ちゃんにそんな不潔な顔を向けないでほしいんだけどな。