しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

エーデルシュティメ 008『紅い夕日と碧海の顔』

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 江ノ島と対峙した西浜と呼ばれる小さな海岸。夏には多くの海水浴客が集うこの場所も、今は至って静かな場所だ。近くも遠そうにも見える江ノ島灯台には、その隣を紅い夕日が沈みかけていた。
 そんな風景の片隅に、ぼんやり一人の少女が立ち竦めている。白い砂浜に思い通りの絵を描けないまま、行き来する波の音だけをただ眺めているようだ。

「あいつ、本当に研究熱心だよな」

 無謀にもそんな女の子に何気ない声をかけたのは、お兄ちゃんだ。

「ほんとだね。せっかく江ノ島に来たんだから、少しは勉強から離れたらいいのに」
「ああ。さっきまでアニメの話をしてたかと思えば、スイッチが入るとすぐあれだもんな」

 お兄ちゃんが『あいつ』と呼んだ視線の先には、海の音をポータブルマイクで集音している透ちゃんの姿があった。自分の声と波の音を同時に録音して、その反響音を収録してるんだってさ。ボクにはそれがどういう目的があるのか一ミリも理解できないけど、そんな地道な研究成果物の一つがボクの声ってわけだから、少しは感謝はしておかなきゃだね。

「ところでお前は元気なさそうだけど、大丈夫か?」
「え……?」
「いや、あいつのペットも最近緑川が元気なさそうとか言ってたらしいから」
「わたしがどうとかより、たかがペットの話を鵜呑みにしてもいいことないと思うよ?」

 たかがペットで何が悪い。ボクのことすぐ除け者扱いするから碧海ちゃんは大嫌いなんだ。
 今だって薄汚い笑みをお兄ちゃんへ投げかけている。どこか弱々しそうで、すぐに嘘だとわかるそれ。てかボクのお兄ちゃんにそんな不潔な顔を向けないでほしいんだけどな。

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エーデルシュティメ 007『雲の上に煌めく星の光』

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「へぇ〜。あの漫画、ついにアニメ化されるんだ」
「うん。だけどこれまだ非公開情報だから他の人へ言っちゃダメだよ?」

 弁天橋から海を渡り、お土産売り場が並ぶ賑やかな参道を過ぎると、いよいよ本格的な階段登りになる。体力に自信のない人間の方々はすぐ隣のエスカレーターの利用をお薦めするけど、木陰の隙間から見える青い海の景色は、階段を選んだ人だけへのささやかなご褒美かもしれないよね。
 もっともボクの場合はご主人様のポケットに隠れていれば、景色を堪能しながらご主人様が目的地まで連れて行ってくれる。透ちゃんには感謝しかないけど、ぬいぐるみというのも実に便利な身体だよ。

「その漫画、そんな人気あるのか?」
「クラスの女子もみんな読んでるよね。元々は少年漫画誌だけどそういうの全然関係ないみたい」

 ちなみに透ちゃんが根っからのアニメ好きだったことは、お兄ちゃんさえ知らないヒミツだったはず。逆にお兄ちゃんは昔から二次元に興味なさそうだし、今だって透ちゃんと碧海ちゃんの三段後ろを必死に登ってきているほど。いつも思うけど、男の子だったらもう少し体力つけたほうがモテると思うよ?

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エーデルシュティメ 006『水族館に三人でダブルデートと呼べる事情』

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 今日一番の目的地は、江ノ島の対岸にある水族館だ。俺らは館内を散策した後、水族館の終点となる売店に辿り着く。にしても気づけば上杉は俺から微妙な距離を取りつづけているし、今日の江ノ島探索の目的が親睦交流だとしたならば、本当に成功と呼べるのか、どうしても疑問符がつくくらいだ。

 今日水族館を訪れた本来の目的は上杉にあり、上杉が実験に使用する素材を回収する必要があったからだ。数日前、上杉は一人でこの水族館に訪れ、飼育員さんに水槽へマイクを取り付けてもらえないか頼んでいたらしい。飼育員さんは上杉の身元を確認すると、共同研究を進めることを条件にそれを承諾してくれたのだそうだ。今日はその収録素材の回収日だったという話。

 ところがそんな真面目なお話に、昨日奇妙な反発を示したのは緑川だった。

「でもよかった。透がおひとりさまデートを卒業してくれて」

 奇妙というのはその謎な単語のこと。つか『おひとりさまデート』ってどんな単語だ?

「べ、別に、僕は一人で来てもよかったんだけど、大樹くんこれでも女子の中では人気あるし、そんな男子とデートしたらどんな気持ちになれるかって、こ、これは僕自身の一種の実験みたいなもんだ」

「ちょっと待て。さっきの『これでも』って一体どういう意味だ!?」

 正直そんな話、初耳だ。俺が単に意識してこなかっただけかもしれないが。

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エーデルシュティメ 005『嘘と江ノ島』

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 緑色の古めかしい電車はどこか懐かしい音を立てながら、江ノ島駅へと辿り着いた。
 学生寮の最寄り駅からは十分ほど。『江ノ島』と冠した駅名のくせに、実際に島へ辿り着くには歩いてさらに十五分ほどかかる。これだと何も知らない無邪気な子供たちには、『嘘つき』と罵られても仕方ないようにも思える。

 本当に世間ってやつは、つくづく嘘まみれの世界だ。

「キャッチ! 溜息ばかりついてると幸せが全部なくなっちゃうよ。これもちゃんと飲み込んで!」

 緑川は俺のついた溜息を見逃さず、目には見えない俺の吐息を手で掴むと、無理くり口に戻そうとしてきた。俺は緑川の手を追い払おうとするも、緑川はそんなのお構いなしと強引に俺の口を封じる仕草を見せる。くすくす笑う緑川の顔は、からかってくる時のいつものそれ。

 上杉と緑川の父親の陰謀で始まったらしい奇妙な寮生活は、もうすぐ一ヶ月を迎えようとしていた。三人ともクラスは全員バラバラで、一日の全ての授業が終わると同じ部屋へ戻ってくる。その繰り返し。
 そもそも緑川と上杉は、男子寮で生活することに意識したりすることはないのだろうか。だが二人ともむしろ開き直ってるかのようで、どういうわけかあまりにも堂々とし過ぎているようにも思えた。

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エーデルシュティメ 004『小さな来訪者と偽りの世界』

> prev: 003

 幸いなことに、わたしがシャワーを浴び終わるまで、脱衣所の内鍵はずっとかかったままだった。透と大樹くんはリビングにいて、ネットで調べごとをしていたから当然のこと。恐らくわたしの裸には一切興味なかったのだろう。二人は互いに画面と向き合ったままで、だけど二人がなぜか仲良さそうに見えてしまう。わたしは小さく息をついてそのまま自分の部屋に戻ると、ベッドへばたんとうつ伏せになった。

 緊張しているのだろうか。……何に? 得体の知れない疲れだけが、身体に酷く残ってしまっている。
 今度こそわたしは大きく溜息をついた。

 だけどそんな暇さえないほど、また新たな不安の音に襲われたのは次の瞬間だったんだ。

「誰!?」

 誰もいないはずの静かな部屋に、何か叩くような鈍い音が響く。恐らくこのベッドの下だ。

 ゴキブリ? それにしては音が大きすぎる。
 ネズミだろうか? 大きさとしてはその方が辻褄が合うだろう。
 もっともどちらであっても決して嬉しいものではない。

 わたしは恐る恐る身体の体重をベッドに預けたまま、首を伸ばし、頭を逆さにしてベッドの下を覗いてみる。長く伸びた髪が床に垂れたせいで、冷たい触感が心臓目掛けて突進してきた。ひゃっと瞬間的におのろいてしまう。気を取り直してもう一度、薄暗くなったその場所をゆっくり覗いてみた。

 蛍光灯の灯りが届くのはベッドの下の三分の一程度まで。それから向こう側は完全に真っ暗闇の世界だ。

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コミケ C102 終わりました〜

コミケも無事に終わり・・・

私はちょっと前も書いたとおり、某薄い本を頒布していたわけですが、その売れ行きはというと、、、

blog.geeko.jp

・・・もう少し濃い内容を準備しておくべきだった(反省。
だいたいそんな感じです!!!!(どんな感じだよ〜〜!??

今回は、コミケ総括と、それにちなんだブログお引っ越し作業(『エーデルシュティメ』の今後)について書いていきます。

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エーデルシュティメ 003『学ラン男子の誤解と学ラン女子の青い思い出』

> prev: 002

「だ、だからごめんって。てかなんで風呂場の内鍵をかけておかなかったんだよ」
「かけたもん! ちゃんと鍵かけてたはずなのに、なんで勝手に開けるのよ!!」

 男子寮二号館、八九七号室。運悪く唯一の男子住民である大樹くんは、共同生活初日から覗きの嫌疑をかけられていた。思春期真っ只中の女子二人が暮らすこの部屋で、脱衣所の扉を躊躇なく開けるとは即刻追放!……と言いたいところだけど、残念ながらそう簡単な話でもなさそうなんだよね。
 わたしも上杉さんも内鍵がかかっていたことは確認済みだった。それなのにどうしたもんだか。

「やっぱり上杉さん裸を見たかったから、思いっきり開けて鍵壊しちゃったんじゃないの?」
「なんでそうなるんだよ!?」
「だって大樹くんも年頃の男の子だし、女の子の裸くらい興味あるでしょ?」

 ちなみに上杉さんは迷子の野良犬を威嚇するような目で大樹くんを睨み続けている。どちらかというと困惑という表情が伺えて、怒るという感情が欠落してるように見えるのは少し事情を確認したいとこだけど。

「第一、俺は上杉のこと女子とは思ってな……」
「っ……」

 だけど大樹くんのその不用意な発言に対しては、さすがの上杉さんも冷たい怒りの視線へと変わった。つまり上杉さんにその手の台詞は絶対禁句らしい。わたしも気をつけないとな。

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