ここは八景島と呼ばれるだだっ広い公園のような場所。夜に予約したレストランからも近く……はない。
何か特別なものがあるかと聞かれると、水族館とジェットコースターくらいなものか。だけどお金がないなど言われてしまうと、他に何をすればいいのだろうと思わないことない。
月香は『一度ここに来てみたかった』って言うんだ。海が見たかったとか、そういう理由だろうか。でもそれなら山下公園でもよかったのでは。そういえば月香と初めて出逢ったのもその付近だった気がする。
「なぁ月香。あの日はなんで横浜にいたんだ?」
「え、いつのこと?」
青い空と青い海を背景に、月香は僕の声に振り返る。一瞬にして背景と同化してしまい、月香の姿は一枚の美しい絵として完成された。やはり月香にはぱっと人を惹き込むような存在感がある。
「ほら。僕と月香が出逢った初めての日のこと」
「それって……入学式の日のこと? そんな日に横浜なんて行ったかなぁ〜?」
「入学式!?」
だけど素っ頓狂なことを言うもんだから、僕は思わず大声を上げてしまう。月香はそもそも転校生だし、同じ日に同じ場所で入学式を迎えた記憶なんて、僕には当然なかったからだ。
「ああ、そっか。リッキーが私にセクハラした日のことか!」
「そ、そうかもしれないけど、その表現はどうにかならないのか?」
「だって事実じゃん」
そうくすくすと笑い始めた。確かにそれが出逢いとは、最悪の記憶だな。
「あの日も本当は海まで行く予定だったんだよね」
「海まで……?」
「そう。海の中まで」
瞳の色が深く、海の底へと沈んでいく。まるで海の中に見たことのない獲物があって、それを狙う狩人の顔に近いかもしれない。手を伸ばせば届かないものなんて何もないと思うのに、だけどそれでも手を伸ばそうとするのが月香というやつだろう。
「だけどね、途中でめんどくさくなって海まで行くのは諦めたんだ」
「途中で、諦めたの?」
「……で、気がついたら街中でリッキーにセクハラされてたと。それってなんか私らしくないよね?」
「ごめん今の話の流れって結局僕の扱いどういう立ち位置なのか全然わからなかったんだけど!」
彼女は何もかもを笑顔で覆い隠し、それはいつもの月香に戻ってきたことを意味している。
「あ〜あ。こんな日がずっと続けばいいのにな〜」
まるで諦めることが必然で、だけどその顔に後悔とかはないようにも思えたんだ。
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