しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

氏神さんちのおむすび日記  009『舞姫と曇り空』

「長谷く〜ん、ちょっとここで写真撮ってよ?」
「ここでか!??」
 俺達は小町通りでお昼ご飯を食べた後、鶴岡八幡宮にいた。鎌倉市街の中心部とあってか、午前中の円覚寺と比べるとかなり人出が多い。班のメンバーもご飯食べた直後というのもあるのか、ぽかぽか陽気から来る眠気に負けることなく、境内をぶらぶら走り回っている。
 今俺に写真をお願いしてきた広岡も例外ではない。が、その場所ってのがこれまたちょっと。

「あたしお酒大好きなんだよねぇ〜。ほらあの樽、見てるだけでわくわくしてこない?」
「しない。ってゆうかお前も俺と同じ高校生だよな? なんで酒樽の前???」
「え〜? 長谷くんだって神社の子ならお酒くらい飲むでしょ?」
「飲まないから!! つかうちみたいな小さな神社に酒が奉納されることなんて滅多にないからな」
 そういう問題でもない。自分で言ってても頭がおかしくなってきそうになるが、神社の子供だったら当たり前のように酒を飲んでるみたいな話はこの令和という時代において一ミリだって存在しないはずだ。当たり前のようにはな、うん。
「そんなこと言って実はユイナちゃんにお酒飲ませてあれこれしてみたいんじゃないの?」
「ないわ! つかあいつにお酒飲ませたら大変なことになってそれどころじゃねーし」
「待って長谷くん。あたし今なんか聞いちゃいけない話を聞いてしまった気がするんだけど??」
「…………」
 言わせたのは広岡じゃねーか!! というのはさておき、事実雨田にお酒を飲ませたらどうなるかくらいのことは知っていた。それは去年の暮れのこと。町内会でうちの神社のしめ飾りをした後、手伝って頂いた方々と神社に併設されている自治会館で忘年会をしていた時のことだ。雨田にも手伝ってもらったので慰労を兼ねてその場にいてもらったわけだけど、雨田は水のグラスと間違えてお酒を飲んでしまうという場面があった。慌てて俺と妹の美来で介抱をしたわけだが、時は既に遅く、雨田は日頃の鬱憤を晴らすかのように俺に対してめっちゃ絡んできた。散々俺に対する愚痴を曰わった挙げ句、後日雨田にその話を振ってみたも全く覚えてないの一点張り。なお、この日の話は俺と美来との間で黒歴史として密かに語り継がれている。
「いいじゃん。酔った勢いでそこの舞殿で踊ってもらうの。間違えなくユイナちゃん可愛いよ?」
「それ絶対に神様に失礼なやつだから!!」
 雨田はともかくそれはそれ。ただ、もしくはあいつだったら……。一年生ながら女子バスケ部のエースと呼ばれる程度には運動神経がいいあいつなら。それに正装姿はきっと。
「ねぇ、ちょっと。長谷くん?」
「ん? どうした?」
「今、誰か思い浮かべてる人がいるでしょ?」
「いや、まぁ……そうだな」
「ふーん、そうなんだー」
「…………」
 っと、ノーコメント。だが広岡は俺の微細な顔色の変化を、逐一伺ってることには気づいていた。
「ま、これ以上尋問するのはマナー違反ってやつか」
 俺の緊張の糸はややほぐれたものの、ただしそれとは別の未解決の課題を思い返してしまう。
 俺はやはりあいつのことが好きだ。それ以上の霞のような暗幕が、あいつと俺の間を遮断してくる。不整合、不一致、不順。完全に引き裂かれてつつある俺達二人は、本当にどうして……。
 そういえば確かこの舞殿も、源義経静御前の話で有名だったよな。

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氏神さんちのおむすび日記  008『義妹の涙と違和感』

 北鎌倉駅に朝十時。何の洒落けもない通勤電車に揺られ、ようやく辿り着いた県南の小さな駅舎だ。そもそも集合が一つ隣の鎌倉駅なら、藤沢駅での乗り換え一回で済んだはずなのに。
「そもそもなんで集合は鎌倉駅じゃないんだろうな?」
 そう、これだ。俺と乗り換え二回を済ませて同じ電車でやってきた甲斐友成が当然の疑問を口にする。
「ああ。前に藍海ちゃんが言ってたけど、あくまでこの遠足は修学旅行の班行動の練習も兼ねてるから、それでわざと集まりにくい駅を集合場所にしたって言ってたぞ」
「そういうことか。で、北鎌倉ってそんなに集まりにくい駅なんだっけか?」
「知らん」
 少なくとも鎌倉駅みたく江ノ電横須賀線の二択になる駅に比べたら集まりにくいんじゃないかとも思ってたけど、ここに来て気づいたことは北鎌倉駅という駅は改札が一つに集中してるから点呼も取りやすい。だとすると単に先生方の無駄な労力削減という理由だけだったのではないかと。
 集合は各班毎に北鎌倉駅に集まって、全員揃った班から先生に報告。そこから班行動という名の自由行動になる。先生方はその間小町通りで昼食会という名の待機という仕事してるみたいなことを藍海ちゃんが言ってたけど、『勤務中だから鎌倉ビールが飲めない』とも溢してもいた。つか昼間からビールって、それはそれでどうなんだ?

「おはよう」
 藍海ちゃんが昼間からビールを飲む姿を想像してると、不意打ちのように背後から声をかけられた。

「……あ、おはよう」
「おはよう、長谷くん」
 続け様に挨拶をしてきたのは、雨田と広岡だ。どうやら俺らと同じ電車だったようで、恐らくこの二人は電車の後ろ方にでも乗ってたのだろう。北鎌倉駅は改札が鎌倉駅寄りの前方にあるため、乗ってる電車は同じでも改札出るまでには時間差が生じやすいようだ。
「おはよう。雨田に広岡」
「甲斐くんもおはよう。……なんか今、あたしをもののついでみたいに挨拶してない?」
「そんなことはない。ちょっと気になることがあったから自ずとそうなっただけだ」
「ああ、それね……」
 などと友成と広岡が会話してるのを横目に、俺の方は何かを感じた違和感が気のせいだという結論を勝手に導き出していた。それが結局何なのか未だにわかってないけど。
「ねぇ。鎌倉って小さい頃にも来たことあるよね?」
「……ふぇっ?」
 何も気にしていない振りをしつつ、だが俺のすぐ隣にいる雨田が話しかけてきていることにはっと気がつく。この妙なざわつきは気のせいだということにしておきたいところだが。
「ほら。美来ちゃんが突然はぐれちゃって大変だった時の話」
「あぁ〜……あったな。そんなことも」
 雨田への対処に面食らいながら、何とか話を合わせる。そこへ美来との過去の話も混ざり込み、ますます調子が狂ってきた。

 そもそもあれは美来がはぐれたんじゃなくて、美来は自分から……。
 と思いだそうとしていたところに、スマホのブルっと震える着信に気づいた。俺は逃げるようにスマホの画面を確認すると、その内容は俺の目の前にいるはずの友成からのチャットメッセージだった。
『ところで昨日雨田と何かあったか?』
 何もない……よな? と友成を睨み返すと、何故かニヤニヤしてる友成と広岡が並んで立っている。
 どうでもいいけど、俺と同じ班の残り二人はまだ来ないのか?

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氏神さんちのおむすび日記  007『あいつと微笑み』

 あいつのクラスが優勝した合唱コンクールから二週間が経ち、明日は鎌倉遠足その日となった。
 季節は間もなく三月。そういえば鎌倉でも今は梅が見頃のはず。今年の冬は例年より少しばかり寒かったとはいえ、時期的には丁度頃合いだ。鎌倉は海にも近いから、同じ県内とはいえ俺らの住む街より暖かい。明日は円覚寺明月院など廻るコースになっているから、どこかで美しい梅の花にお目にかかることになるだろう。

 そのためにもこの作業をとっとと終わらせないとな。
 現実逃避を諦め、目の前の書類の山を眺める。相変わらず山の頂が高い場所にあった。山頂に立てば絶景かなともなるのだろうが、このミッションは登れば登るほど山は次第に低くなるやつ。だから見晴らしなんて……いや、それより全て完了したところで恐らく待っているものは溜息まみれ。見晴らしとか関係なく、精も根も尽きてる気がする。
 俺はもう一度溜息をつく。ふと隣の席のもう一つの山の高さを数えていた。うん、間違えない。
「なによ……」
「まだまだ時間かかりそうだなって」
 間違えなく、俺より雨田の方がな。
「うっさいわねー! そんなこと言ってないでとっとと終わらせるのよ! ってなんでもうそんなに終わってんのよ!!」
「お前なぁ……」

 そもそも雨田一人にこの全てを任せようとしていたこと自体が、完全に誤りだったのだ。

 まだまだ無法状態にある山の正体は、合唱コンクール後に取ったアンケートだ。
 風紀委員でアンケートを作成し、それを回収するところまでは順調だった。が、雨田はこれまで一週間という時間を費やして、ようやく二クラス分の集計を終えたのだ。残りは四クラス分。この調子ではいつ全ての集計が終わるのか見当がつかない。とりあえず俺と雨田は残りを半分こして、今日は各々二クラス分の集計作業を終わらせるつもり。これが鎌倉遠足前日に託された今日のミッション。
 冬の夕暮れは早い。俺は教室の照明を灯した。雨田はキーボードを叩く作業がいかにも不慣れで、手元のアンケート用紙と睨めっこしつつ、一生懸命その内容を集計ファイルに打ち込んでいた。時間が経つのも忘れ、こんな暗くなった教室では絶対目を悪くする作業だ。
 アンケートを回収し終えたのは一週間ほど前のこと。雨田は一人でこの作業をし続けて今に至っている。つまり一週間でちょうど二クラス分。同じペースで残り二クラス分を今日一日で終わらせるとか、そりゃ無理なんだよな。
「あんた、こういう作業は慣れてるの?」
 なお俺の手元の残りはまだあるとは言え、一クラス分は終わっている。残りは半分。
「ああ。神社とか町内会とかの手伝いでいろいろさせられるからな」
「なんか、むかつく……」
「言っとくけど俺より美来の方がこういうの得意だぞ。てゆかなんでお前は苦手な作業を一人で全部やるって言い出したんだよ?」
「今までこういうのやったことなかったから。ほら、何事も経験だって言うでしょ?」
「だったらせめて『一人でやる』とか言い出すなよ。結局俺が手伝ってんじゃねぇか」
「……悪かったわよ」
 合唱コンクールのアンケート集計作業は、その主催である風紀委員の仕事の一つだ。ただ風紀委員のメンバーだって部活と掛け持ちしてたり、放課後は予備校へ通う人だっている。誰だってこんな面倒な作業はやりたくないのだ。が、そんな常識を覆すほどに雨田という女子高生は真面目一筋で、『誰もやらないならわたしがやる』と言い出した次第。……いや、そこまではよい。ただこんなにパソコンが苦手なのなら予め言っておいてほしいものだと。
 とはいえ雨田のこういう側面は俺には持ち合わせていない部分なわけで、正直羨ましくもあった。

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氏神さんちのおむすび日記  006 海老名詩音の冬の日記

 唯菜へ
 ほんといつもこの書き出しとか、今思うとどこか不思議な感じがするね。
 私たちは学校でも会ってるはずなのに、改まり過ぎっていうか、ね。
 だけどこんな感じで唯菜と交換日記を書き続けていられるのは、私も楽しいと思ってるよ。
 これからもよろしくね。


 詩音から届く交換日記は、いつも唐突なペースだ。
 頻度は半月に一回か、早い時は週一ペースになることもある。わたしが気づかないうちに教室の机の中にこっそり隠されていて、教科書の中にいつの間にか混ざっていたそれを、わたしは無意識のうちに鞄の中へ仕舞うのだ。せめてチャットで一言連絡くれればいいのに、それすらしてこない。
 詩音は間違えなく楽しんでやってる。どこかいたずら好きで、見た目以上に子供っぽいんだよね。


 そういえば前の日記にも書いてあったけど、唯菜は好きな人とか本当にいないの?
 だって毎日あの「えんむすび」を食べられるわけでしょ?
 それなのに恋が実らないとか、詐欺商品とか言われちゃうかもしれないよ(笑)
 彼氏持ちの先輩として言わせてもらうと、唯菜もちゃんと好きな人を作ってほしいけどな。


 ……なんだろ、このもやもやする気持ち。あぁわかった。余計なお世話ってやつだ。
 別に『えんむすび』はうちのおむすび屋の看板商品ではあるけど、そもそもわたしが作ってるわけじゃないし、毎日食べてるわけでもない。レシピだって丸く型どったおむすびの中に、たらこと昆布が入っているだけ。それなら誰でも作れるじゃんと思うけど、そんな『えんむすび』が騒がれているのはうちのすぐ近所にある氏神神社のせい。神社の娘の美来ちゃんが、女子中学生ならではの企画書をわたしの家に届けてくれたのだ。見た目こそ華やかな企画書で、だけどその中身はコンセプトやターゲットまで、売るための要素が抜けなく書かれていた。恐らくわたしだってあそこまでの企画書を書けやしないだろう。
 だけど一つだけ、疑問もあったんだ。どうして美来ちゃんが『えんむすび』なんて思いついたのだろうって。というのも美来ちゃんは普段から兄にべったりな感じだし、恋愛という単語がどうしても結びつかなかったから。まぁそれも余計なお世話かもしれないけどね。


 彼氏がいて、辛いと思う時もあるよ。けど、もちろん楽しいかな。
 ずっと話してたら時間が経つのも忘れられて、優しく甘えられる。ずっと一緒なんだって。
 唯菜だって誰かを好きになれば、きっと今より優しくなれると思うんだけどな。


 恋をすることで自分が優しくなる? そうなのかな……?
 その相手が誰かなのもわからないし、詩音の言ってることは本当にわからないことだらけだ。詩音を傍から見ていると、優しくなったというのはそうかもしれないし、だけど何かがそうじゃない気もしている。
 とはいえわたしが盲目なだけかもしれない。そんな相手、今のわたしにいるはずないのだから。


 たとえばそうだな〜。長谷くんとかどう?
 彼、いい人そうだし、唯菜ともお似合いだと思うんだけどな。

 ごめん。本当に何言ってるのかよくわからないよ詩音!!

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氏神さんちのおむすび日記  005『青帯電車と幼なじみ』

「おっ、今日も兄妹でデートかい? 本当に仲がいいねぇ〜」
 日曜日の朝。俺らは初老の女性にふと声をかけられた。神社にもよく顔を見せる氏子さんの方だ。
「はい。これから隣の駅まで少しお買い物です」

 そう答えたのは妹の美来。しゃなりしゃなりと繕う様は、年齢が俺のひとつ下とは思えないほど。
「妹さんがこんなに美人になられて、お兄さんも悪い男が近寄ってこないか気が気でないでしょ?」
「大丈夫ですよ。私はお兄さま一筋ですので、お兄さまの心配には及びません」
「あら素敵。すっかりお兄さん大好きっ子になられたのね。これなら氏神様も安泰じゃ」
 ……おい。なんだか話が別の方向へすっ飛んでいったように思えたんだが。まぁいつものことか。
 ふぉっふぉっふぉっと高笑いをするお婆さんを横目に、俺と美来は律儀な会釈を返す。改めて前を向いた俺らは、再び駅の方へと歩きだしていた。
「まるで美来がブラコンみたいな設定になってると思うんだが、それでいいのか?」
「それでいいんだよ。兄妹喧嘩して余計な邪推されるより、こっちの方が面倒なくていいっしょ」
「面倒とかの問題なのか……?」
 まぁ美来がそれでいいと言うのなら特に何も言う気はないのだが。
「それにお兄だって……氏神さんちの跡継ぎがどうとか噂されるの、嫌じゃん?」
「ま、まぁ……」
「だからあたしがこうしてお兄にべったりしておけば、御町内の安全安心繁栄に繋がるのだよ!」
「のどかで平和なもんだな、この町って」
 美来は人目がある時は俺を『お兄さま』と呼び、ない時は『お兄』と呼んでくる。それどころか自分の一人称さえ器用に変えてしまう。昔から頭の回転はかなり早く、成績だって常に学年トップ。それならもっと偏差値の高い高校に通えるのではと思うのだが、『絶対お兄と同じ高校に通う!』と一点張りだった。まぁそれで家族しいては御町内の平和まで守られてるというのだから、実際それは安い願望なのかもしれない。

 もっとも、俺の父親が美来の母親と再婚するまではこうではなかったのだ。
 理由は、小さい頃の俺。町内には内密にして、俺は私立の小学校受験を受けた。結果は不合格。
 それからが大変だった。失望した俺の実の母親はやがてヒステリーへと化してしまい、父親としょっちゅう喧嘩するようになってしまう。今思うと母親も精神的にかなり厳しかったのだと思う。氏神様のお嫁さんということで周囲の目も常に気にしてたようだし、最終的には俺の両親は離婚してしまった。すると俺が小学校受験に失敗したという噂が外に出てしまったのも時間の問題だった。『氏神様は大丈夫なのか?』という声があちこちから飛んできて、確かにあの頃の町は平和とは思えなかった。繰り返すが全ては俺のせい。
 美来が義妹になったのはそんな頃だった。父は俺に詳しい話をしないけど、町内の噂話をまとめると当時の自治会長さんがその頃の状況を見かねて、父に美来の母親との再婚を提案したらしい。美来の母親はどこかの貴族の御令嬢だった人らしく、前の夫だった人には先立たれてしまった後だったとか。なるほど。美来が俺なんかよりもずっと冷静で賢くいられるのは、そんな貴族の血を引いてるからなのだろうって、子供ながらにそう考えることもあった。

「でもだからこそ許せないんですよぉ〜。そんなお兄を横から掻っ攫おうとする泥棒猫が!!」
「おい。ちなみにその泥棒猫って誰のことを言ってるのか念のため聞いていいか?」
 なお、美来とあいつとの関係はご覧の通り。どういうわけか仲が悪いらしい。

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氏神さんちのおむすび日記  004『冬風とおむすび』

 風紀委員主催クラス対抗合唱コンクールは、結局藍海ちゃんのクラスが優勝となった。
 帰り際、藍海ちゃんがするするっと近寄ってきたかと思うと小声で『うちのクラスが優勝しちゃったらタカくんにチケット渡した意味がなくなっちゃったじゃん』と言ってきた。けどマネーロンタリングならぬ、チケットロンタリングとやらができたと思えば、今回の合唱コンクールにお団子屋さんの無料チケットを使ったのは正解だったはずだ。もちろん、れっきとした学校行事に優勝景品とか倫理的にどうなのかもしれないけど。

「私は藍海先生の言うとおりに長谷くんと二人で食べたかったんだけどな」
「さすがに二人でひとクラス分の団子を食べるのは無理があるだろ」
「そこは唯菜も誘えばよかったんじゃない? 唯菜って結構大食いだし」
「そしてなぜまた雨田を話に巻き込む?」

 優しい瞳で睨み返してくる彼女の右手には、例の優勝景品となったお団子屋さんの無料チケットがあった。そこには一枚しかないことを見せびらかせるように、俺の目元でひらひらと揺らしている。
「だって長谷くん、唯菜の幼馴染でしょ? いつも仲良さそうだし羨ましいなって」
「海老名がそれを言うとさすがに冗談に聞こえないんだが」
「ふふっ。でもそのおむすびだって……あ、ここら辺でいいんじゃないかな」
 そういうと海老名は目の前にあったベンチに腰を下ろした。それを見届けると俺もすぐ左隣に座り、海老名へおむすび一個を手渡す。さっき雨田の家のおむすび屋さんで買ってきたおむすび二つのうちの片方だ。もう一個は俺の分。俺がこの曰く付き『えんむすび』と呼ばれるおむすびを買ったとなれば、レジにいるはずの雨田の母親は間違えなく邪推するはず。それなら私が買ってくると海老名は俺を店の外に置き去りにして、そそくさと買ってきてくれた。
 今日は合唱コンクールがあったため、バスケ部の練習も休みなんだそうだ。いつも部活が終わった後だと買いに行っても確実に売り切れているので、どうやら今日という日を以前から狙っていたらしい。
「ほんとにおいしい。さすがは唯菜の店の看板商品だね」
「それ、発案したのお前だろ?」
「私が考えたのは『えんむすび』っていう円い形ってとこだけ。具材を考えたのは美来ちゃんでしょ?」
「まぁ雨田は完全に美来が全部一人で考えたって思ってるようだけどな」
「それでいいんだよ。『氏神さんちのおひいさま』の発案って銘打った方が絶対売れるし」
 手柄を全部俺の妹に受け渡してしまった海老名はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに、もぐもぐおむすびを食べている。実際この『えんむすび』と呼ばれるおむすびは、丸型のおむすびとその名前までは海老名の発案で、中身である具材については美来の発案だ。だけど俺はそれを隠して、雨田には『美来が一人で考えた』と伝えていた。ご町内の間では『氏神さんちのおひいさま発案とか絶対ご利益あるやつ』という具合で知れ渡り、海老名の言う通り、あっという間に店のヒット商品となってしまったんだ。
 だけど海老名はそんな経緯など全く興味ない様子。ただ目の前のおむすびを幸せそうに食べ続けている。
 ……ああ、どうして俺は海老名のこの顔をいつも守ることができないのだろう。またしても後悔の念が俺の胸の奥底で渦巻いていた。

「私はね、長谷くん……」
「…………」
 そんな俺の顔の所在を、海老名はしっかり見抜いてくる。もっとも海老名はいつも知らぬふりをするばかりだけど。
「このおむすびには、ある願いを込めてたの」
「願い……?」
 そう尋ねると、海老名はおむすびを手にしたまま大きく息をついた。それはため息なのか、それとも……。
 だけど海老名はそのまま言葉を飲み込んでしまい、願い事を口に出すことは結局許されなかったようだ。
「あれ? 詩音と隆史じゃん」
 間が悪いのかそれともこれを何と呼ぶべきか、聞き覚えのある女子の声に反応すると、目の前には雨田の姿があった。ただきょとんとしてる雨田の顔に、俺はなぜか救いのような何かを見てしまっていた。

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氏神さんちのおむすび日記  003『微笑みとお団子』

「ははっ。それでタカくんは唯っちとは同じ班にされちゃったんだ?」
「一体俺と雨田に何を期待してるんですかね」

 隣のクラスの担任、遠坂藍海。風紀委員の顧問でもあり、あいつの担任でもある。
 俺や妹の美来の中での通称は、藍海ちゃん。というのも俺の家のすぐ近所に住んでいるお姉さんのような存在で、『唯っち』と呼ばれた雨田とも当然ご近所様。藍海ちゃんがうちの神社にお参りに来ているところも頻繁に目撃している。『私が先生になれたのもタカくんのおかげだよぉ』なんて冗談めかして言ってくるけど、それは間違えなく俺のせいなんかじゃなくて、藍海ちゃんの努力の成果に違いない。
「まぁ唯っちも可愛いし、タカくんの彼女としては申し分ないと思うけどね」
「藍海ちゃんには俺に彼女がいるって話、前に話しましたよね?」
「聞いたよぉ〜。それが誰とは教えてもらえてないけど、まぁ誰かまでは予想できてるしぃ〜」
「…………」
 鎌倉遠足の班決めを行ったその放課後、俺は藍海ちゃんにスマホで呼び出されていた。『音楽準備室の片付けしたいからちょっと手伝ってぇ〜』なんていう、明らかなただの小間使いだ。音楽教師だか吹奏楽部顧問だか知らないけど『今日の放課後は風紀委員の会議があるんだけど』と返したら、『だいじょうぶ〜。それ私も参加必須だしぃ〜』なんて全然大丈夫じゃない返事があった。こうなるともはや俺に逃げ場所なんて見つかるはずもない。なんとか会議の時間までに片付けを二人で終わらせ、一息つく間もなく会議室へと向かっている。何度か藍海ちゃんの愚痴話を聞かされてはいたけど、やはり学校の先生というものはかなりブラックな職種のようだ。高校生ながらそれを今まさに実感させられている。
 今日の会議は風紀委員だけでなく、クラス委員も交えた合同会議だ。ただし一年生のみということもあり、議長は風紀委員副委員長である俺が務めることになった。本来なら議長はクラス委員の誰かがやるべきだろと藍海ちゃんに抗議したが、『だってタカくんの方が円滑に進められるし私は早く帰りたいしぃ〜』というやはり身も蓋もない返事が返ってきたりして。
 ちなみに議題は『どうしたらやる気のない生徒を合唱コンクールの練習に巻き込めるか?』。やや耳の痛い議題だし、つい先日はその件で雨田と喧嘩したばかりだ。

「あ、そうだ。タカくん、これちょっともらっといてくれる?」
「なんですかこれ?」
 藍海ちゃんが手にしていたそれは小さな文字で『聞金堂』と書かれていた茶封筒だった。中を見るとチケットのような紙ぴらが数十枚ほど入っている。
「お団子屋さんの無料チケット。お店に持っていけば美味しいお団子が食べられるよぉ〜。鎌倉の友人にもらったんだけどね、今度の鎌倉遠足で使ってくれって」
「そんなもの何故俺に?」
「だって中見たらひとクラス分しかなくてさ、うちのクラスだけってさすがに使いづらいでしょ? バレたら後で学年主任に何言われるかわからないしぃ。タカくんだったら例の彼女と唯っちの三人で仲良くこっそり使ってくれそうかなって」
「恐ろしいことさらっと言うな!!」
 何だその状況。俺とあいつの二人で使うには枚数が多すぎるし、そこに雨田なんていたらさらに話がややこしくなる。というか藍海ちゃんまで何故俺と雨田を一緒にしようとする?
「ま、うまく使ってよ。あの子にもあんな顔ばかりさせてたら可愛い顔がもったいないしね」
 半分だけ笑って、半分だけ真面目な顔だった。藍海ちゃんの言う『あの子』がどっちのことを指しているのか判別するのは難しかったけど、もしかしたらどちらにしてもその通りかもしれない。
 そもそも俺は、どうしてあいつを……。

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