しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

氏神さんちのおむすび日記  005『青帯電車と幼なじみ』

「おっ、今日も兄妹でデートかい? 本当に仲がいいねぇ〜」
 日曜日の朝。俺らは初老の女性にふと声をかけられた。神社にもよく顔を見せる氏子さんの方だ。
「はい。これから隣の駅まで少しお買い物です」

 そう答えたのは妹の美来。しゃなりしゃなりと繕う様は、年齢が俺のひとつ下とは思えないほど。
「妹さんがこんなに美人になられて、お兄さんも悪い男が近寄ってこないか気が気でないでしょ?」
「大丈夫ですよ。私はお兄さま一筋ですので、お兄さまの心配には及びません」
「あら素敵。すっかりお兄さん大好きっ子になられたのね。これなら氏神様も安泰じゃ」
 ……おい。なんだか話が別の方向へすっ飛んでいったように思えたんだが。まぁいつものことか。
 ふぉっふぉっふぉっと高笑いをするお婆さんを横目に、俺と美来は律儀な会釈を返す。改めて前を向いた俺らは、再び駅の方へと歩きだしていた。
「まるで美来がブラコンみたいな設定になってると思うんだが、それでいいのか?」
「それでいいんだよ。兄妹喧嘩して余計な邪推されるより、こっちの方が面倒なくていいっしょ」
「面倒とかの問題なのか……?」
 まぁ美来がそれでいいと言うのなら特に何も言う気はないのだが。
「それにお兄だって……氏神さんちの跡継ぎがどうとか噂されるの、嫌じゃん?」
「ま、まぁ……」
「だからあたしがこうしてお兄にべったりしておけば、御町内の安全安心繁栄に繋がるのだよ!」
「のどかで平和なもんだな、この町って」
 美来は人目がある時は俺を『お兄さま』と呼び、ない時は『お兄』と呼んでくる。それどころか自分の一人称さえ器用に変えてしまう。昔から頭の回転はかなり早く、成績だって常に学年トップ。それならもっと偏差値の高い高校に通えるのではと思うのだが、『絶対お兄と同じ高校に通う!』と一点張りだった。まぁそれで家族しいては御町内の平和まで守られてるというのだから、実際それは安い願望なのかもしれない。

 もっとも、俺の父親が美来の母親と再婚するまではこうではなかったのだ。
 理由は、小さい頃の俺。町内には内密にして、俺は私立の小学校受験を受けた。結果は不合格。
 それからが大変だった。失望した俺の実の母親はやがてヒステリーへと化してしまい、父親としょっちゅう喧嘩するようになってしまう。今思うと母親も精神的にかなり厳しかったのだと思う。氏神様のお嫁さんということで周囲の目も常に気にしてたようだし、最終的には俺の両親は離婚してしまった。すると俺が小学校受験に失敗したという噂が外に出てしまったのも時間の問題だった。『氏神様は大丈夫なのか?』という声があちこちから飛んできて、確かにあの頃の町は平和とは思えなかった。繰り返すが全ては俺のせい。
 美来が義妹になったのはそんな頃だった。父は俺に詳しい話をしないけど、町内の噂話をまとめると当時の自治会長さんがその頃の状況を見かねて、父に美来の母親との再婚を提案したらしい。美来の母親はどこかの貴族の御令嬢だった人らしく、前の夫だった人には先立たれてしまった後だったとか。なるほど。美来が俺なんかよりもずっと冷静で賢くいられるのは、そんな貴族の血を引いてるからなのだろうって、子供ながらにそう考えることもあった。

「でもだからこそ許せないんですよぉ〜。そんなお兄を横から掻っ攫おうとする泥棒猫が!!」
「おい。ちなみにその泥棒猫って誰のことを言ってるのか念のため聞いていいか?」
 なお、美来とあいつとの関係はご覧の通り。どういうわけか仲が悪いらしい。

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氏神さんちのおむすび日記  004『冬風とおむすび』

 風紀委員主催クラス対抗合唱コンクールは、結局藍海ちゃんのクラスが優勝となった。
 帰り際、藍海ちゃんがするするっと近寄ってきたかと思うと小声で『うちのクラスが優勝しちゃったらタカくんにチケット渡した意味がなくなっちゃったじゃん』と言ってきた。けどマネーロンタリングならぬ、チケットロンタリングとやらができたと思えば、今回の合唱コンクールにお団子屋さんの無料チケットを使ったのは正解だったはずだ。もちろん、れっきとした学校行事に優勝景品とか倫理的にどうなのかもしれないけど。

「私は藍海先生の言うとおりに長谷くんと二人で食べたかったんだけどな」
「さすがに二人でひとクラス分の団子を食べるのは無理があるだろ」
「そこは唯菜も誘えばよかったんじゃない? 唯菜って結構大食いだし」
「そしてなぜまた雨田を話に巻き込む?」

 優しい瞳で睨み返してくる彼女の右手には、例の優勝景品となったお団子屋さんの無料チケットがあった。そこには一枚しかないことを見せびらかせるように、俺の目元でひらひらと揺らしている。
「だって長谷くん、唯菜の幼馴染でしょ? いつも仲良さそうだし羨ましいなって」
「海老名がそれを言うとさすがに冗談に聞こえないんだが」
「ふふっ。でもそのおむすびだって……あ、ここら辺でいいんじゃないかな」
 そういうと海老名は目の前にあったベンチに腰を下ろした。それを見届けると俺もすぐ左隣に座り、海老名へおむすび一個を手渡す。さっき雨田の家のおむすび屋さんで買ってきたおむすび二つのうちの片方だ。もう一個は俺の分。俺がこの曰く付き『えんむすび』と呼ばれるおむすびを買ったとなれば、レジにいるはずの雨田の母親は間違えなく邪推するはず。それなら私が買ってくると海老名は俺を店の外に置き去りにして、そそくさと買ってきてくれた。
 今日は合唱コンクールがあったため、バスケ部の練習も休みなんだそうだ。いつも部活が終わった後だと買いに行っても確実に売り切れているので、どうやら今日という日を以前から狙っていたらしい。
「ほんとにおいしい。さすがは唯菜の店の看板商品だね」
「それ、発案したのお前だろ?」
「私が考えたのは『えんむすび』っていう円い形ってとこだけ。具材を考えたのは美来ちゃんでしょ?」
「まぁ雨田は完全に美来が全部一人で考えたって思ってるようだけどな」
「それでいいんだよ。『氏神さんちのおひいさま』の発案って銘打った方が絶対売れるし」
 手柄を全部俺の妹に受け渡してしまった海老名はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに、もぐもぐおむすびを食べている。実際この『えんむすび』と呼ばれるおむすびは、丸型のおむすびとその名前までは海老名の発案で、中身である具材については美来の発案だ。だけど俺はそれを隠して、雨田には『美来が一人で考えた』と伝えていた。ご町内の間では『氏神さんちのおひいさま発案とか絶対ご利益あるやつ』という具合で知れ渡り、海老名の言う通り、あっという間に店のヒット商品となってしまったんだ。
 だけど海老名はそんな経緯など全く興味ない様子。ただ目の前のおむすびを幸せそうに食べ続けている。
 ……ああ、どうして俺は海老名のこの顔をいつも守ることができないのだろう。またしても後悔の念が俺の胸の奥底で渦巻いていた。

「私はね、長谷くん……」
「…………」
 そんな俺の顔の所在を、海老名はしっかり見抜いてくる。もっとも海老名はいつも知らぬふりをするばかりだけど。
「このおむすびには、ある願いを込めてたの」
「願い……?」
 そう尋ねると、海老名はおむすびを手にしたまま大きく息をついた。それはため息なのか、それとも……。
 だけど海老名はそのまま言葉を飲み込んでしまい、願い事を口に出すことは結局許されなかったようだ。
「あれ? 詩音と隆史じゃん」
 間が悪いのかそれともこれを何と呼ぶべきか、聞き覚えのある女子の声に反応すると、目の前には雨田の姿があった。ただきょとんとしてる雨田の顔に、俺はなぜか救いのような何かを見てしまっていた。

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氏神さんちのおむすび日記  003『微笑みとお団子』

「ははっ。それでタカくんは唯っちとは同じ班にされちゃったんだ?」
「一体俺と雨田に何を期待してるんですかね」

 隣のクラスの担任、遠坂藍海。風紀委員の顧問でもあり、あいつの担任でもある。
 俺や妹の美来の中での通称は、藍海ちゃん。というのも俺の家のすぐ近所に住んでいるお姉さんのような存在で、『唯っち』と呼ばれた雨田とも当然ご近所様。藍海ちゃんがうちの神社にお参りに来ているところも頻繁に目撃している。『私が先生になれたのもタカくんのおかげだよぉ』なんて冗談めかして言ってくるけど、それは間違えなく俺のせいなんかじゃなくて、藍海ちゃんの努力の成果に違いない。
「まぁ唯っちも可愛いし、タカくんの彼女としては申し分ないと思うけどね」
「藍海ちゃんには俺に彼女がいるって話、前に話しましたよね?」
「聞いたよぉ〜。それが誰とは教えてもらえてないけど、まぁ誰かまでは予想できてるしぃ〜」
「…………」
 鎌倉遠足の班決めを行ったその放課後、俺は藍海ちゃんにスマホで呼び出されていた。『音楽準備室の片付けしたいからちょっと手伝ってぇ〜』なんていう、明らかなただの小間使いだ。音楽教師だか吹奏楽部顧問だか知らないけど『今日の放課後は風紀委員の会議があるんだけど』と返したら、『だいじょうぶ〜。それ私も参加必須だしぃ〜』なんて全然大丈夫じゃない返事があった。こうなるともはや俺に逃げ場所なんて見つかるはずもない。なんとか会議の時間までに片付けを二人で終わらせ、一息つく間もなく会議室へと向かっている。何度か藍海ちゃんの愚痴話を聞かされてはいたけど、やはり学校の先生というものはかなりブラックな職種のようだ。高校生ながらそれを今まさに実感させられている。
 今日の会議は風紀委員だけでなく、クラス委員も交えた合同会議だ。ただし一年生のみということもあり、議長は風紀委員副委員長である俺が務めることになった。本来なら議長はクラス委員の誰かがやるべきだろと藍海ちゃんに抗議したが、『だってタカくんの方が円滑に進められるし私は早く帰りたいしぃ〜』というやはり身も蓋もない返事が返ってきたりして。
 ちなみに議題は『どうしたらやる気のない生徒を合唱コンクールの練習に巻き込めるか?』。やや耳の痛い議題だし、つい先日はその件で雨田と喧嘩したばかりだ。

「あ、そうだ。タカくん、これちょっともらっといてくれる?」
「なんですかこれ?」
 藍海ちゃんが手にしていたそれは小さな文字で『聞金堂』と書かれていた茶封筒だった。中を見るとチケットのような紙ぴらが数十枚ほど入っている。
「お団子屋さんの無料チケット。お店に持っていけば美味しいお団子が食べられるよぉ〜。鎌倉の友人にもらったんだけどね、今度の鎌倉遠足で使ってくれって」
「そんなもの何故俺に?」
「だって中見たらひとクラス分しかなくてさ、うちのクラスだけってさすがに使いづらいでしょ? バレたら後で学年主任に何言われるかわからないしぃ。タカくんだったら例の彼女と唯っちの三人で仲良くこっそり使ってくれそうかなって」
「恐ろしいことさらっと言うな!!」
 何だその状況。俺とあいつの二人で使うには枚数が多すぎるし、そこに雨田なんていたらさらに話がややこしくなる。というか藍海ちゃんまで何故俺と雨田を一緒にしようとする?
「ま、うまく使ってよ。あの子にもあんな顔ばかりさせてたら可愛い顔がもったいないしね」
 半分だけ笑って、半分だけ真面目な顔だった。藍海ちゃんの言う『あの子』がどっちのことを指しているのか判別するのは難しかったけど、もしかしたらどちらにしてもその通りかもしれない。
 そもそも俺は、どうしてあいつを……。

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氏神さんちのおむすび日記  002『神様と打算』

 神様なんて、一体どこにいるというのだろう。
 街の人は俯き、皆一同にじっとスマホを眺めてる。インターネットとかいう世界中の誰かと繋がって、顔も見えない相手と会話したり、話をしたり。だけど誰かってそもそも誰だ? 顔はなくても、文字を送れば文字が返ってくるし、声をかければ声が返ってくる。なるほど。確かに神様なんて曖昧なものより、ずっと現実的なものかもしれない。
 神様なんて存在しているのかさえ不確かだ。お賽銭を投げても、何を祈っても、返事など返ってきたことない。所詮は偶像、もしくはまやかしか。そもそも得体のしれない相手に救いを求めるなんて、おかしな話だもんな。

 俺は、神様とかいう会ったことさえないやつに、どこか振り回され過ぎてる気がする。
 妹の美来には『お兄さまは神童なのですから絶対下を向いてはダメです』などと言われ。
 知らねぇよそんなの。単に俺の生まれた場所が神社だったというだけ。
 それだけのことじゃないか。

「どうした? また考え事か?」
 数少ない友人、友成が机に顔を伏していた俺に話しかけてきた。
「別に。そんな大したこと考えてねぇよ」
「でもそんな顔してたらまたミクちゃんに『お兄さま元気出してください』とか注意されるぞ?」
「今のそれ、ひょっとして美来の真似か?」
「あんな可愛い妹に言い寄られるとか羨ましくて当然だろ! 俺にも妹を分けてくれ!!」
「無茶言うな。俺に妹は美来一人しかいねぇよ」
 友成は中学の頃から学校が一緒で、中学では美来とも何度か話したことがある。というか美来のやつ『氏神さんちのおひい様』とかいう名前で御町内でもそれなりの有名人なんだよな。我が妹ながら大したもんだ。
 ちなみに美来というのは、父親が再婚した際に義理の母が連れてきた娘だ。父は母と離婚して、美来の母は前の夫と死別しての再婚。ただそれは俺が小学校に通う前の話で、それくらい昔の話。つまり美来は俺の義妹ではあるけど、美来が実の妹と何が違うのか、ちゃんと答えられる自信はない。
「ま、それはそうと、今度の遠足の班はひとまず俺とお前と晃の三人でいいよな?」
「ああいいよ。それで別に」
「ついでにお前が班長な」
「……ああ、わかった。それでいいよ」
 わざわざ拒否する気力さえない。班長なんて適当なところで点呼取って、せいぜい仕事はそんなもんだろ。別に自分にプラスになることもマイナスになることもない。だから、どうでもいい。

 打算なんてそんなのはどこにもない。ただ流されるだけ。
 そうすれば誰も傷つく人なんていないはずだから。
 ……そのはずだったんだけどな。

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氏神さんちのおむすび日記  001 〜prologue〜 雨田唯菜の今年最初の日記

 詩音へ
 いつも思うんだけど、なんかこの書き出しって手紙みたいだよね。
 わたしから誘って始めたことなのに、こういうこといまさら書くのもなんかちょっと変なの。
 でもこうやっていつも交換日記に付き合ってくれて、本当にありがとうね。

 書き出しはこんな感じでいいかな。っていうか、まだこんなこと考えてるなんてやっぱし何か変だ。詩音のことだから絶対書き出しなんか気にしないはずだけど、いつも澄まし顔で『全然大丈夫だよぉ〜』と言ってくれる詩音だからこそ、逆にわたしはこう悩んでしまうのかもしれない。クールビューティー大和撫子。かといえ特にドライというわけでもない。どちらかというと人懐っこさをおしとやかさの両方を兼ね備えた彼女に、わたしもどこか憧れているところがある。
 詩音とは中学から同じ学校で、交換日記を始めたのも高校入試の勉強の息抜きで始めたのがきっかけ。
 あれからもう二回目の冬を迎えてるんだから、時間が経つというのもあっという間だよね。

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流れ降る星の雨音 〜燐〜 Epilogue

 月香が僕の家に戻ってきたのは、今から二週間ほど前のこと。
 ほぼ二週間ぶりに帰宅した月香は僕には何も言わず、僕の両親には『ただいま』とだけ言って迎えられた。

 事実を知った後となってはやはり奇妙な話でしかない。つい数ヶ月前まで、『百年に一度の天才女優』としてテレビドラマやテレビCMに出まくっていた彼女が、今風に言うところの異世界転生をして、こんな何の変哲もない男子高校生がいる家で暮らし始めたのだから。彼女の過去の事実は完全に消去されており、あんなに知名度抜群だった前世の名前『黒峰洋花』は散り散りに消えて、影も形も残らなくなっていた。
 皮肉なのは、彼女に消えてほしくなかった人には強く記憶として残ったままになっていて、僕もその一人。どうせなら僕の中からも完全に消えてくれてた方が、彼女と喧嘩をしなくて済んだのかもしれないのに。

 なんだって彼女は、僕の中に残ってしまったのだろう。それが許せなかった。
 許せない気持ちが彼女と喧嘩した理由であるのに、だけどそれは彼女のせいでもなんでもない。
 なぜなら彼女は、僕を含めた誰の記憶にも残らず、自分が消えることを望んいでいたわけだから。

「ただいま」
「…………」
 彼女は玄関先で独り言のように帰宅したことを告げる。だけど今日は誰からの返事もない。僕の両親は共働きで今日は帰りが遅くなると言っていたから。そして僕も無言のまま。
 『虹色ゴシップ』のデビューライブが一昨日終了し、今日はライブ後初めてのバイトの日だった。僕と月香は『虹色ゴシップ』専属プロモーション補佐係を任されていて、プロモーション係リーダーで且つクラスメイトで月島隼人と一緒にプロモーション企画の立案や、動画の撮影などを行っている。今日だって動画の撮影が終わると僕はそそくさと帰路につき、同じ場所へ帰宅するはずの月香は事務所のフロアに置き去りにしてしまう。我ながら、醜い人間だ。
「ねぇ……?」

 彼女が帰宅しても、互いに言葉を交わすことなどない。そもそも今更何を話せばいいのだろう。
「ねぇってばぁ……?」
 思い出してしまった彼女のことをなんて呼べばいいのだろう? 月香? それとも洋花?
「ねぇってぇ……??」
 だからそんな末尾が疑問形で声をかけられたところでどうしろというのだ。
「てかなんで疑問形なんだよ!!」
 そんな彼女に思わず反応したせいで、僕の末尾は疑問形にすらならず、やや怒ったような口調になってしまった。彼女はびくっと反応し、視線の温度は一気に下がる。これは、僕のせいか?
「あ、あのさ? 冷蔵庫の中のプリン、食べていいかなって」
 怯えた声で彼女はそう訪ねてくるんだ。……いつもなら何も言わずに食べちゃうくせに。
 だから僕はその唐突な呼びかけに、咄嗟に反応できなかったわけだから。

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流れ降る星の雨音 〜楓〜 エピローグ

 ここは土曜日の夜遅くの東京の繁華街。微かに映る星空がどこか寂しげで美しく思えた。
 先程まで賑やかだったライブ会場前にあたし一人。……そもそもなんでこんなことになったのか?

 理由は簡単だ。『虹色ゴシップ』リーダーの陽川さんは母親である事務所社長の車で帰ってしまい、緑川さんは学生寮の同僚の我が兄と帰ってしまう。月香は月香で気がつくといなくなったのは、恐らく前の同居人の上郷くんと良い感じでやってる最中だろう。知らんけど。
 気がつくとあたしは一人取り残されてしまっていた。あたし自身友人が少ないのは今に始まったことではないけど、ただ急に現実に戻された気がした。ここで虚しいと思ったら負けな気がするけど。

 さて。駅に向かおう。今日はいろいろなことがありすぎてさすがに疲れ果ててしまった。
 そもそも友人のいない地味な女の子がアイドルデビューなんかして、行き場所さえ見失っていたくせにあんな大勢の人前で歌なんか歌ってしまったわけだから。ネットで自分の歌声を聴かせるだけとはわけが違う。観客と同じ空気の中で、自分の生の声を聴いてもらった。
 その中にはずっと疎遠だったはずの兄もいた。図らずも兄とは終演後に二人きりで話をしたんだっけ。初めて兄妹ぽいことをしてしまった気がする。本当は義理の兄妹とかそういう話は関係なくて、もっと純粋にやらなくてはいけないことをようやくやれた気がしたんだ。

 疲れた。……あ。

 ふとあたしの白い手の甲に落ちてくる涙に、気がついてしまった。
 その涙の理由までは、正直なところわからなかったわけだけど。

「そんな真っ赤な顔して一人で電車に乗ったら目立っちゃうよ? ここは東京なんだから」
「…………」
 気がつくと目の前に例の黒い車が止まっていた。正直、この派手な車のほうがよっぽど目立つと思う。
「家まで送るよ。疲れたでしょ?」
「君、ひょっとして……」
 あたしはふと思ったんだ。それは自然に出てきて、忽然と聞いてみたくなったこと。
「ん、なに? 楓嬢さん?」
「……暇なの?」
 こういう人ってストーカーとかじゃなければただの暇人とか、そういう類の人だと思うんだよね。

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