しかつきかふぇ

ちょっとした休憩時間に

流れ降る星の雨音 〜燐〜 003『レンズの向こう側に映る光らない星々』

 『虹色ゴシップ』専属プロモーション補佐係。それが僕と月香に任された仕事だった。

 それは一体どこの学校の何を世話する生き物係だろうと思わないこともなかった。そもそも『虹色ゴシップ』ってなんだ!?ってところから始まり、デビュー前のアイドルグループのことだと聞かされる。しかもメンバーには、僕の隣のクラスの陽川遥華に、僕と同じクラスの月夜野楓もいるんだとか。あとひとりは現在新人声優として絶賛売出し中の緑川碧海がいて、つまりは女子高生三人組のアイドルユニットらしい。

 どうしてこんなことにとも思いつつ、スタジオでダンスレッスンをする三人を眺めながら、この後始まる『虹色ゴシップをどう売り出すか?』という議題について考えていた。

「ふふっ。なんだかみんな楽しそうだね〜」

 だけど僕の隣で同じ視線で観察しているはずの月香の小言に、僕は少しだけ違和感を持ったんだ。

「……なぁ。月香はあのグループの中に加わって、一緒に踊りたいとか思わないのか?」
「え、なんで?」

 なんで?と来たか。予想とは少しばかり違う反応で、僕はやや躊躇する。いつもなら『もちろんやってみたい』とか『めんどくさからやだ』とか、素直で率直な反応がまず第一にやってくると思っていたから。

「あの三人の中に月香がいても、お前なら埋もれることなくやっていけそうな気がしたから」
「絶対嫌っ。私にアイドルなんてできっこないよ」

 ……いやさすがにそこまで強い否定が来るとも思ってなかったけど。

「絶対ってことないだろ。月香だって、芸能界にいてもおかしくない程度には可愛いと思うし」
「え、なにそれ。私に告白?」
「全然そうは言ってないんだが!?」
「ふふっ。……そうじゃなくってね、私にアイドルは天と地がひっくり返っても無理だもん」

 なぜかその口調は、アイドル以外だったら何でもできるみたいに聞こえなくもなかった。月香の場合、それが何故か考え過ぎとも思えないのが本当に恐ろしいところだけど。

「人を愛せない人が、人から愛されるはずないって」

 だけど人に聞かせる気がない程度の小さな声で、確かにそんなことを言った気がしたんだ。
 一体誰のことを言っているのか、少し考えてみても何とも結びつかなかったわけで。

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流れ降る星の雨音 〜燐〜 002『月と太陽と星の光』

 翌朝から、僕はその彼女を連れて、一緒に学校へ登校することになった。
 彼女と言っても特に付き合ってるわけではないし、どちらかというと家と学校が同じだから別々に登校する理由がないという話だ。正直、僕は満面に咲き誇ってる花と一緒に歩いてるような気がして、やや気恥ずかしい。ちなみに彼女は家を出る際、最後までつば付きの紺色の帽子を被るべきか悩んでいたみたいだけど、結局それは家に置いていったようだ。確かにない方が似合ってるし、それはいいのだけど。

 学校に着くと、彼女は事務手続きを済ましてくると一人で職員室へ向かい、僕はいつもどおり教室へ向かった。というか、そもそも初めて来る学校の職員室なんて彼女は場所がわかるのだろうか? もっともそれに気づいたのは別れた後だったので、まぁいいかと再び教室ヘ向かったわけだけど。

「なぁ。隼斗に折り入って相談があるんだけど……」
「なんだよ急に」

 むしろ彼女のいない隙にと、僕は中学からの同級生である月島隼斗に声をかけた。

「前に話してたバイトって、今も募集してたりしないか?」
「バイトはしないつもりじゃなかったのか?」
「いや、しないつもりだったんだけど、急にする用事ができちゃって」
「え、なになに? リッキー、バイト始めるの?」

 が、いない隙どころか、彼女はとっとと職員室の用事を済ませ、既にこの教室にいたりして。

「理月。こいつ、誰だ?」
「ああ、昨日からうちで預かってる月香って言う女子。なんと今日からクラスメイトらしい」

 隼斗は少し考え込んでいた。まぁ突然こんな調子の女子がクラスメイトと言われたところで、そうなる気持ちもわからなくもない。

「は!? 月香!?? ヒロカ。これはどういうことかちゃんと説明して!!」

 そこへ唐突に現れ、声を荒らげたのはやはり同じクラスの女子だった。名前は確か、星乃宮楓だっけ?

「えっ? ……あ〜、ていうか正直私もよくわかってないから、説明のしようがないんだけどなぁ〜」

 月香は星乃宮の大声にも大して驚きもせずそう返すけど、そもそもヒロカってどこの誰だよ!?

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流れ降る星の雨音 〜燐〜 001『シュレディンガーの猫の鳴き声』

 そもそも僕はどうして横浜にいたのだろう?
 帰りの東海道線でなんとか思い出そうと試みるも、どうしても思い出せなかったんだ。何かがふわっと浮かんできて、またすぐにすっと消える感じ。それが二十分くらい繰り返されたところで、気づくと電車は自宅の最寄り駅である藤沢駅へと到着していた。

「ねぇ見て。この服かわいいでしょ?」
「…………」

 そしてどういうわけか彼女の生活用品一式も、全て自宅に届いていた。にしても彼女の服がダンボール一箱分に詰められた状況はさすがに少なすぎるだろとも思ったが、『服なんて必要な分で十分でしょ』などと返ってくる始末で、正直多くの意味でわけがわからない。

「ああ。ここから下は下着みたいだからリッキーは絶対覗いちゃダメ!!」
「そう思うんなら最初からここで開けるなよ」

 彼女は慌てて両手を広げ、身体全体でダンボール箱に蓋をする。そもそも僕の部屋でそんな箱の開封の儀なんてしてほしくないってのが本当の本音ってやつだけど。

「そもそも、ツ……月香の部屋はさっき母さんがあっちだって教えてくれただろ」
「いいじゃん。だって、初めて来る男子の家に女子一人とかめっちゃ寂しいと思わない?」
「だからってわざわざ僕の部屋で自分の服の整理なんてしなくてもいいだろ」
「だってこの箱にどんな服が入ってるかなんて知らないし、だったら二人で開けた方が楽しいでしょ?」
「って、これお前が自分で詰めた箱じゃないのかよ!?」
「ん〜……、複雑に言うと私もよくわからないけど、有り体に言うとそんな感じ?」
「それ複雑でも有り体でもどっちでもなくないか!!?」

 にしても相変わらず話が噛み合わない。彼女は自分のこと『津山じゃなくて月香って呼んで』の一点張りで、女子の下の名前を呼ぶ経験なんてもちろんなかった僕には、どうにもやりにくい。そのくせ彼女は『月香』と呼ばれることに大変満足しているようで、こっちの気持ちなんて完全にお構いなしのようだ。
 そのくせ話の内容はどうにもちぐはぐで、確かに彼女は僕の家に住むことにはなっていた。どうやら母さんが知人から少しの間だけ世話してほしいと紹介されたのが彼女だったらしく、彼女の荷物も僕の家の空いてた部屋へ無造作に積まれていたんだ。が、話はそれだけで、彼女の方はその辺りまるで聞いてなかったらしく、挙句に自分で詰めたはずの箱に何が入っているのかなど、全く記憶にないようなのだ。

「ねぇ。そんなことよりさ、リッキーって好きな人いるの?」

 そんな迷い猫のような彼女から唐突にこんなこと聞かれたら、僕は思わず吹き出すしかなかったわけで。

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流れ降る星の雨音 〜燐〜 Prologue

 これがもう一つの時間が流れ始めた瞬間だった。

 あまりにも一瞬の出来事で、本当に何が起きたのかわからなかったんだ。気がつくと僕の両腕に彼女の体重がずしりとのしかかっていて、徐々に痛みさえ伴ってくる。いや、彼女の身体が重いとかそんなことはなくて、見た目通り華奢な身体で、ただし出るところはしっかり出てるというか、彼女の生暖かい体温がその柔らかい胸部から僕の前腕に伝わってくるんだ。
 そもそもどうしてこんな格好になっているんだ? 彼女はどこかから飛んできて、僕は慌ててキャッチしただけ。やっと彼女の身体を支えている。どことどこが触れているとかあまり考えたくもないけど。

 僕の耳に響いていたクラクションの音が微かに残り、そのまま消えていった。

「…………」

 沈黙。彼女の身体を落とさないようなんとか彼女の顔を覗き込むと、彼女自身も何が起きたのかわからない様子だった。それにしてもなんて顔をしているのだろう。辺りは暗くぱっと見では気づかなかったけど、電灯に照らされた黒髪の彼女は間違えなく美人で、どこか神々しささえ感じてしまう。

「……って、ちょっと?」
「は、はい? なんでしょう???」

 どうやらようやく彼女も正気を取り戻したらしい。

「……じゃなくて、どこ触っているのよ!!!!」

 もちろん正気を取り戻したということは、こういう文句の一つや二つ言われることも当然かもしれない。けど僕にとっては不誠実極まりない罵りであるように思うんだ。

 今にも星が降りそうな五月の夜空の下、降ってきたのはとてつもなく美人な彼女だったわけで。

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セピア色の傘立て 008『虹色ゴシップ』

 春の大型連休も終わり、坂道だらけのこの街にも若葉の香る空気が流れ込むようになった。瑞々しい五月の風が落ち込み気味だった私を勇気づけてくれる。そんな心地がある。正直、今年の桜の匂いは鬱陶しいほどに苦手だったから、ようやく季節が春らしく思えてきたんだ。

「わたしたちのダンス、やっと様になってきたんじゃない?」

「やっとっていうか、碧ちゃんがダンスの練習始めたのって一昨日のことだよね?」
「たった二日間でここまでできるなんて貴女も大したものね。ますます殺したくなってきたわ」

 まだ歌のない音楽だけのその曲をスマホから停止させると、同時に碧ちゃんと楓さんも足のステップを止めた。最後はとても物騒な単語が飛び交った気もしたけど、それは平常運転の光景だ。

「でも碧ちゃんがようやく正式加入を決めてくれて、私も嬉しいな」
「まだすっきりはしてないけどね。でもこのままじゃ事務所での居場所がなくなっちゃいそうだし、きっかけづくりはしておきたいかなって」
「つまりあの大きな事務所では貴女もちっぽけなネズミでしかないってことね」
「それをはっきり言わないでよ〜!!」

 碧ちゃんだけは知り合いの事務所から助っ人で入ってもらってるという形だ。というのも碧ちゃんの事務所は比較的大きな芸能事務所で、私達と同世代に子役から活躍してる国民的女優がいる。しかもその彼女と碧ちゃんのキャラクターがもろ被りしてるのだ。このままでは事務所の中でも碧ちゃんが埋もれかねない。そこで提案されたのが、うちの事務所のユニットとアイドルデビューするという話だったらしい。

「でも貴女が入ってくれるのはあたしにとっても願ったり叶ったりね」
「どうせまた『これで殺せるチャンスは永久的なもの』とか言うつもりなんでしょ?」
「そこまであたしを理解してくれるなんて、もはや何も言うことはないわ」
「うっさい黙れそこのブラコン娘」

 詳しくは知らないけど、どうやら楓さんの兄が碧ちゃんと知り合いなのだそうだ。楓さんは何かとすぐに兄の話をしたがるし、そこへ碧ちゃんが速攻でツッコミを返すのが日常茶飯事となっている。

 きっとだからなのだろう。楓さんが碧ちゃんに濃厚な殺意を抱いているのは。

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エーデルシュティメ 012『ヒトであるお兄ちゃんとAIであるボク』

「お兄ちゃんお腹空いた〜。ご飯ちょうだい!」
「…………」

 無言。さっきからボクのことを全く相手にしてくれない。
 まるでボクのこと見てはいけない幽霊か何かと勘違いしてるよう。確かにそれに近い何かではあるけど、でもボクを見たところで命も魂も抜かれることはないんだけどな。

「あ、ダメだよお兄ちゃん。いくら自分の部屋だからってそんなダサい服着たら女の子に嫌われるよ〜」
「…………」

 そしてボクに我関せずで着替え中。こんなしょうもないお兄ちゃんの姿をあの小娘連中に見せるわけにはいかない。特に隣の部屋の小娘は何かとお兄ちゃんを狙ってくるからボクもしっかり見張っておかないと。

「その服でこの部屋を出たらまた碧海ちゃんにからかわれちゃうんだからね〜」
「別に緑川に何思われたってどうでもいいよ。……じゃなくて、実はお前も女だろ! 俺が着替えてるのに少しは恥ずかしいとか思わないのかよ!」

 何をいまさら。本当に呆れて姑息な溜息しか出てこないよ。

「知らないよそんなの。事実関係的に確かにその可能性が高いけど、ボクは生まれたときからボクでしかないし、女として育てられた記憶だって一ミリもないよ。そんな哀れな美少女が『君は女だ』とか突然言われたところで、無謀としか言いようがないよね?」
「お前のその姿が『美少女』であるかは議論の余地があるけどな」
「でも今のお兄ちゃんのその態度、女の子に対してデリカシーがないと思わない?」
「今自分で『女と呼ばれるのは無謀だ』とか言ったばかりだよな!?」

 ぷんぷん怒ってるお兄ちゃんは嫌いだ。イケメンのかっこよさがそれこそ半減してしまう。
 だけどこうやってお兄ちゃんと喧嘩したことは一度だってなかったから、ボクは楽しくて仕方なかった。これまでたとえお兄ちゃんが苦し悩んでいた時だって、手を差し伸べることすらできなかったんだから。

 そんなボクを解放してくれたお兄ちゃんには、本当に感謝してくれてるんだよ?

「それより『ご主人様』のところに戻らなくていいのかよ?」
「え。只今絶賛家出中〜」
「家出って、そもそも隣の部屋だろうが」

 ま、ボクのこの入れ物を作ってくれた隣の部屋の小娘にも感謝はしてるんだけどね。

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セピア色の傘立て 007『姉と弟と過去と未来』

 夜空はまだ厚い雲に覆われているけど、ところどころ雲の隙間から星が煌いている。
 芸能事務所『カスポル』の建物の三階は居住区になっていて、両親と私、そして隼斗がここに暮らしている。もちろん私と隼斗の部屋は別々で、だけど私が隼斗の部屋に無断で侵入しても、隼斗は一度だって怒ったことはない。彼が無頓着なだけかもしれない。

「……ねぇ。私がアイドルになるって言ったこと、やっぱし怒ってる?」

 隼斗は部屋のベランダで、ぼんやり星の数を数えてるようだった。曇ってばかりで本当に数えるくらいしか見えないけど、私の部屋にはベランダがないからちょっぴり羨ましくも思えた。

「別に」

 たった一言。それだけじゃ言い表せない何かがあるのは明白なのに。

「だけど、私だって怒ってるんだから……」
「何をだよ?」

 このままでは隼斗の態度と無愛想な言葉の撃ち合いで、また喧嘩になってしまう。それでも隼斗に言いたいことが山ほどあるのは事実だ。

「隼斗が役者を辞めるって言ったこと」
「…………」

 ここで黙られるのも卑怯。まるで私が隼斗を虐めてるかのようにも思えてくる。

「そもそも辞める必要なんて本当にあった? 隼斗は何も悪いことしてないのに」
「別に、そういうのじゃねーよ」

 だったらどういう理由なのだろう? そんな私の疑問など何一つお構いなく、隼斗はまただんまりを決め込んでしまう。頑固でどうしようもない性格なのは、幼い頃から変わってないのだ。

「ねぇ隼斗。やっぱし隼斗は、私のことが嫌いなの……?」

 それがますます私を不安にさせる。これだって私が小さい頃から何も変わってない。

「私が頼りないから……隼斗に迷惑ばかりかけているから……」
「だからそういうのじゃないって言ってるだろ!」

 隼斗が語気を強めたせいで、風船が割れたようにしゅんとなる。彼が私に振り向いてくれたことなど一度だってなかった。姉として頼りないのは間違えない。あんな事件、私一人で解決させるべきだったのに、隼斗を巻き込んでしまった。そのせいで大好きだった隼斗の演技を、もう見れなくなってしまったのだから。

 私だって本当は、隼斗と喧嘩なんてしたくはないのだ。

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